初めてのホームステイ(2)より続く 

『風と共にゆとりぬ』(朝井リョウ 著)

 大好評発売中! 朝井リョウ最新エッセイ集『風と共にゆとりぬ』より、収録エッセイの一部を特別掲載。初めての海外、緊張と不安の中学生朝井は、宿泊先でとんでもない光景を目にしつつ、ようやくステイ先へ辿り着く。

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初めてのホームステイ(3)

 私に氷のインチキを仕掛けてきたウィリアムズ家は、この世の幸福をぎゅっと凝縮したような一家だった。つまり私はホームステイ先として大当たりを引いたのである。同い年の男子、ジャックをはじめとする三きょうだいはみんな陽気だったし、両親もそのラブラブさを子どもの前で隠さないような、素敵な洋画に出てくるタイプの夫婦だった。謎の垂井町民を引き受けられるだけのことはあり、家は大きく、なんと地下にビリヤードやサッカーの練習ができるようなプレイルームまであった。ウィリアムズ家は、ほぼ命令形でしか会話ができないような盆地出身のネオ・妹子をあたたかく歓迎してくださったのである。いい人たちで本当によかった。

 私はウィリアムズ家のために、日本からのお土産として色んなものをトランクに突っ込んでいた。彼らは異国の学生を受け入れるだけあって異国の文化に興味があるらしく、私が持っていった日本的なあらゆるものにも大変興味を示してくださった。中でもジャックやその弟や妹が食いついたのは折り紙だった。

『これ知ってる! いろんな形のものを作れるんでしょう!?』(今後、二重カッコのセリフは英語として読んでいただきたい)

 特に食いついたのは妹で、色とりどりの折り紙を楽しそうにぱらぱらと手に取った。ただの正方形の紙から鶴とか花とかそういうものを作ってしまう日本人の器用さは、外国人にウケがいい――事前にそんな情報を仕入れていたのだが、まさにドンピシャリだった。

『作ろう、鶴を。ともに』

 私は持参していた電子辞書で“鶴”を検索しつつ、妹にそう伝えた。彼女は喜び、喜ぶ彼女を見守るウィリアムズ家もニコニコ笑顔だ。

 鶴の折り方は覚えていったほうがいい――これも、日本を発つ前に仕入れた情報だった。私はそれまで、偶然にも「折り紙で鶴を作る」という経験をしておらず、このお土産を喜んでもらうために急きょ折り方を覚えた。その努力がまさに実る瞬間が訪れたのだ。

 こうして、こうして、こうして、と、私がするとおりに、妹さんが紙を折っていく。ただの正方形が鶴になるなんてアメイジング! という期待感がリビングに満ちる。

 しかし、私は、かなり序盤の段階で、顔を引きつらせていた。

 折り方を忘れたのである。

 出発前あれだけ練習したのに、いざ正方形の紙を目の前にすると一体どうやってこの紙から鶴が誕生するのか見当もつかない。急ごしらえの記憶は、ここ数日間で出会った様々な初体験によって脳から追い出されていたのだ。いくら折っても鶴らしき輪郭が見えてこない。いよいよ妹さんも不信感を露わにし始めたところで、私ははたと手の動きを止め、言った。

『忘れた。終わり』

 突然の幕引きだった。でも、申し訳なさやふがいなさを伝えるだけの英語力を持ち合わせてもいない。Wow……という空気の中、テーブルには鶴にも何にもなり切れなかった化け物が二つ転がっていた。これが初夜の記憶である。