小島さんの2作目の小説、初の長編の舞台は、南半球のとある国。現地の日本人コミュニティに属する女性たちが描かれるが、彼女らは絶え間ない噂話や同調圧力に煩わしさや息苦しさを感じている。小島さん自身も家族とオーストラリアのパースに住み、3週間毎に日豪を行き来しているが、
「私は現地の日本人ソサエティとは無縁なんです(笑)。だからこの作品は、いっさい取材をしていない全くのフィクション。ベースは、30年前に商社マンの娘として海外で生まれ育った私が、子供の目で見て肌で感じたことなんです」
主人公の真知子は学歴コンプレックスが強く、夫とのコミュニケーション不全に悩む。夫の家族ともうまく行かず、実の親から愛されなかったという思いも強い。3度の流産の末に産んだ、まだ幼い娘のももかが唯一の心の拠り所だ。
「彼女は主人公としてはとても地味。でも、“異国に住む日本人”という共通項を持つ集団の中にあって居場所をなくしてしまう人を普遍的に描きたかったので、主人公に強烈なキャラクターを背負わせたくなかった」
ひたすらティピカルな価値観に囚われている郁子とは対照的に、一見世渡り上手な宏美も、夫の店を自慢する弓子も、内面には複雑な葛藤を抱えている。仕事を辞めた悔い、子供の有無、いずれ日本に帰る者と現地での生を全うする覚悟を決めた者。日本人同士にある幾つもの差異が摩擦を生む。
「海外の日本人コミュニティの暴露話をしたいわけじゃないんです。人種や会社といった属性によって、私たちは“群れ”の線引きをしますが、人の居場所は必ずしもその群れとイコールではないということを書きたかった」
日本人会で起きたある事件をきっかけに、真知子、宏美、弓子はそれぞれ少しずつ自らの道を歩み始める。決して全てを分かり合えるわけではないが、彼女らの間に微かな共感も生まれる。
小島さんはかつて『解縛(げばく)』(新潮文庫)で、実母との確執を余すところなく書いた。
「母に対する感情に一区切りついたから、この小説を書けたと思います。33歳で不安障害になり、カウンセリングを受けたり本を書いたりしながら、ようやく母も1人の不完全な人間だったとわかった。今の私より若かった母が不安の中で子供を産み育てたパースに行って、その風景を見て初めて分かったことです」
終盤、真知子が母として娘のももかの瞳の中に見たものに、深い感動が広がる。
『ホライズン』
沖田真知子は海外企業に職を得た夫と共に南半球に移住、娘を出産した。当地の日本人コミュニティには暗黙のヒエラルキーが。真知子は、投資銀行マンの妻の郁子、商社マンの妻の宏美、日本人シェフと再婚した弓子らと親しくなる。しかし日本人会のバザーで起きた事件をきっかけに、彼女たちの関係は危うくなる。