「サウジルート」「オマーンルート」2つの特別背任事件
熊崎 事実であれば、これは許されない犯罪ですよ。
1、2回目の逮捕容疑は、金融商品取引法違反でした。これは形式犯だという批判もありましたが、仮に形式犯だとしても、最近の市場重視の社会環境からすれば、金商法違反は非常に重い犯罪だという考え方も当然あります。
この一連の事件は、「サウジルート」「オマーンルート」という2件の特別背任事件にたどり着いたことが捜査のポイントです。それが事実だとすれば、手法、手口が巧妙な実質犯罪になりますね。
しかし、「サウジルート」「オマーンルート」におけるお金の流れの解明は、海外が舞台であり、かなりハードルが高かったと考えられる。日産の資金が最後にゴーン氏側に流れているかの立証も大きなポイントです。
背任罪というのは、例えば、相手の会社が潰れる手前で回収が懸念されるような厳しい状況にもかかわらず、融資を続けたことで会社に損失を与えるといった事件です。窃盗とか横領のような比較的見えやすい犯罪に比べると、一見、正常業務のように見えるので、外部からは非常に見えにくく、その意味でも複雑です。しかも、任務違反、図利(利益を図ること)、加害の目的、損害の発生など構成要件の要素が多い。立証に非常に手間取る犯罪なのです。
「司法取引」という大きな武器
鎌田 ただこの事件は、日産側との司法取引によって着手されています。司法取引は、他人の犯罪について関与した人間が、捜査に協力する代わりに、刑事処分を軽減される制度です。もちろん熊崎さんは、司法取引があったからできたというふうに見ていますでしょう?
熊崎 司法取引がなかったら、つまり単なる情報提供ぐらいでは、立証上かなり難しい面があったのではないか。
過去にも捜査側が動いて、関係者と接触して情報を得ることはありました。僕も関係者と接触して、情報提供を受けたことはあります。
また、一つの事件で押さえた証拠物や取調べによる供述から、隠されていた別の大きな犯罪情報をキャッチすることもあります。例えば、金丸信元自民党副総裁の巨額脱税事件からゼネコン汚職事件に発展し、野村証券よる総会屋への利益供与事件から第一勧業銀行の利益供与事件へ、そして大蔵省汚職事件にまで発展していくということがそうでした。「よい端緒を得れば、捜査は半分成功」という言い方があるが、スジのよい犯罪の端緒を得る能力のある検事が特捜部には求められました。当時は司法取引という制度はまったくありませんでしたから、今回の事件は隔世の感があります。
鎌田 司法取引は、ものすごい端緒になりますよね。
熊崎 はい。当時、「もし司法取引制度があれば、もっとできるのに」と感じたこともありますよ。日本の刑事訴訟法、刑事手続きの適正さは、アメリカと違って厳格で雁字搦(がんじがら)めだなと感じましたね。また、取調べなどで利益誘導をやれば、虚偽の供述につながる恐れもある。決してやってはいけないし、やらなかったですね。