昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

相模原45人殺傷裁判「自分の子供が記号で呼ばれる違和感」実名要望はなぜ聞き入れられなかったのか

2020/01/15

source : 週刊文春デジタル

 神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で2016年7月、利用者ら45人を殺傷したとして、殺人罪などに問われた元職員、植松聖被告(29)の裁判員裁判が1月8日、横浜地裁(青沼潔裁判長)で始まった。植松被告はこの日の初公判で右手の小指をかみ切るような素振りをして退廷を命じられ、10日の公判では白い手袋をして出廷するなど、波乱含みの審理が続いている。

植松聖被告の初公判が行われた横浜地方裁判所 ©時事通信社

 今回の公判で、地裁は「被害者保護」の目的で、原則として被害者の実名を出さないことを決定したが、一部の被害者遺族は「自分の子供には名前がある」と反発し、メディアに実名を公表するなど「実名匿名」の問題を改めて考えさせる契機となっている。

 審理を指揮する青沼裁判長は初公判で「公判前整理手続きで被害者の氏名などを秘匿する決定がされている。発言の際には十分注意してください」と発言し、検察側や弁護側が公開の法廷で誤って匿名であるべき被害者の氏名を公表しないよう促した。このため、検察側は起訴状の朗読に当たって「施設の利用者である甲A、当時19歳ほか42名に対し、柳刃包丁で突き刺すなど……」と述べ、被害者を甲・乙・丙とアルファベットの組み合わせを用いて表現した。

地裁は、もっと柔軟に対応できなかったのだろうか

 刑事裁判における被害者への配慮が始まったのは、オウム真理教の地下鉄サリン事件の公判とされる。現在は普通に行われている被害者・遺族への傍聴席の割り当てがなく、被害者側から不満の声が上がったことが始まりだ。2000年に成立した犯罪被害者保護法により、被害者・遺族への傍聴席への割り当てが規定されて以降、さまざまな面で被害者側への配慮が制度化され、04年には犯罪被害者基本法という包括的な被害者保護のための法律もできた。

 そうした流れの中、07年に改正された刑事訴訟法で「被害者特定事項秘匿制度」が導入されることになる。同法290条の2は「被害者特定事項」(氏名、住所、その他被害者を特定させる事項)を公開の法廷で明らかにしないことができると定め、主に性犯罪事件を対象として挙げた。また、裁判所は「犯行の態様、被害の状況その他の事情により、被害者特定事項が公開の法廷で明らかにされることにより、被害者や親族の身体若しくは財産に害を加え、又は畏怖させ、若しくは困惑させる行為がなされるおそれがあると認められる事件」もこの制度を適用できるとし、柔軟に被害者の匿名化を決定できる仕組みになっている。

 今回の公判では、姓名ともに実名での審理を要望した被害者1人を除き、甲Aなどと記号で審理されることになった。一方で、ある遺族は「住所や姓は出せないが、名前は法廷で呼んでほしい」と地裁に要望したものの、かなわなかったという。この遺族は自分の子供が記号で呼ばれることに違和感があったと訴えている。地裁は、もっと柔軟に対応できなかったのだろうか。

やまゆり園事件の初公判で傍聴整理券を求めて並ぶ人たち(2020年1月8日) ©時事通信社