――入院を嫌がっていた一番の理由は、「休場したくなかったから」と先崎さんは書いています。
先崎章 「休みたくない」と言うのも、よく理解できるんです。なにしろ学にとって、将棋がすべてですから。しかし実際問題、脳が働いていないので、将棋を指すことなんか無理なわけです。活字さえ読めない状態でしたから。
――結局、約1カ月間、慶応大学病院精神・神経科に入院されました。
先崎章 入院すると外部から遮断されますから、直後はずいぶん落ち着きました。うつ病の場合、1日の中で気分の変動が起きる「日内変動」という症状が起きて、特に朝が辛い。また、不安や不眠、焦燥に襲われます。それに対処するには、入院して規則正しい生活を送ることが何より大切です。
うつ病の場合、本当だったら2~3カ月くらいの入院期間が理想ですが、今回は病院側の都合で1カ月になりました。経過も順調だったし、家にいてもなんとか死なないだろうという状態まで回復したので、退院できたんです。
うつ病には短い断定口調が効果的
――入院中、「必ず治ります」という章さんからのLINEメッセージに、先崎さんは勇気づけられたと書かれています。
先崎章 うつ病の場合、長い言葉は頭に入らないんです。短い断定口調がいい。その方が、本人も安心する。ニュアンスによってどうとでも取れる言葉は、逆に病状を不安定にする可能性があります。ある程度ソフトに、断定的な物言いの方が効果的ですね。
――入院中、学さんがしきりにお金の心配をするようになり、それを章さんが「貧困妄想」だと指摘される場面がありました。
先崎章 うつ病の貧困妄想は、特に年配の方に多いんです。「お金がなくなった、暮らしていけない」と悪い方へ、悪い方へと考えてしまう。「そんなことないよ」と預金通帳を見せても納得しない。物の見方が一方方向になってしまって、自分では変えられないんです。
――うつ病になりやすい人の性格的傾向は、あるんでしょうか?
先崎章 色々な考え方がありますが、完璧主義、几帳面で時間厳守な、他人に配慮する人ほど自分に厳しく、抑うつ状態になりやすいと言えるかもしれません。それが慢性化して、うつ病を発症するケースがあります。逆に、ちゃらんぽらんで無責任な人、他人のことよりも自分のことが先にある人は、うつ病にもなりにくいでしょうね。実は学も、エッセイなどを読むと豪放磊落なイメージを持たれるかもしれませんが、本人はいたって繊細で、人に気をつかう男なんです。