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早歩きは脳の神経伝達物質を活性化させる

――しきりに散歩を勧められていましたが、どんな効果があるのでしょうか?

 先崎章 うつ病では、患者自身に主体性を持たせて治療にあたることが大切です。人様に治してもらっている、という感覚では治りにくい。患者の主体性を取り戻す一番簡単な方法が、散歩なんです。一歩一歩自力で歩むことで、自信を取り戻していくことができる。また、早歩きには脳の神経伝達物質の働きを活性化させるという研究報告もあります。適度な運動は、うつ病の治療に有効なんです。

入院中の先崎九段に散歩を勧める章さん

――退院後は、どのように接していたのですか?

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 先崎章 週に1回は会っていました。一緒に食事したりすることも、本人が疲れなければ、和みになるんです。特に話もせずに、一緒にいるだけでもいい。同じ時間を過ごすことが、なにより大事ですね。

 アドバイスとしては、散歩、それから図書館に行くことを勧めました。「リワーク」といって、会社勤めの人がうつ病になったとき、職場復帰する前に図書館で1日過ごすことを専門医はよく勧めるんです。初回復帰の第一歩であり、生活のリズムを整えるのにも役立ちます。

「医者は助けてくれるだけ、うつ病を治すのは患者自身」とアドバイスする章さん

「トーナメントへの出場は止めた方がいい」

――連載では、先崎さんが本格的に将棋と向き合い始めているところです。現役復帰についてはどうお考えになっていたのですか?

 先崎章 正直、ハラハラしながら見守っていました。将棋は本人の存在そのものですから、そこには踏み込めなかった。ただ、プロで将棋を指していくとなると、脳に負担がかかり、病気も治りにくいんじゃないか……そういう懸念はありました。

 ですから、「トーナメントに出たりするのは止めた方がいいんじゃないか」と言ったこともあります。すると、「対局を止めたら、もっと悪くなる」と本人が言うんです。「順位戦で闘っているからこそ、同僚の棋士たちと対等に話ができる。自分の矜持を保つことができるんだ」と――。

――結果的には、将棋を続けたことが、病気の回復にもつながったわけですね。

 先崎章 学の場合は、そうです。特殊な例で、たまたまラッキーだったとも言えます。うつ病の場合、頭脳労働にはなかなか戻りにくい傾向があるのも事実ですから……。とにかく学にとって、将棋がすべてなんです。それを奪ってしまうと、希望も何もなくなってしまう。ただ、もしも回復が見られなかったら、将棋をあきらめるという選択肢もあったかもしれません。

――最後に、読者の中にも心を病んでいたり、精神的に疲れている人が多いかと思います。何かアドバイスをお願いします。

 先崎章 いま、「マインドフルネス」が注目されていますね。今ここで体験していることだけに精神を集中し、それをそのまま受け入れ、心の平穏を保つ。昔から日本人は瞑想や、花鳥風月を楽しむことでこれを行ってきました。マインドフルネスは“うつ”にも効果的です。

 過去の嫌なことを思い出したり、未来の不安に怯えるのではなく、今この瞬間の空の青さや空気の冷たさ、自分の呼吸によるお腹の動きに気持ちを向ける。すると、自分自身がここにあるという確固とした感覚を持つことができます。「すること」モードから「あること」モードに。そうすれば、快方へ向かっていくと思います。

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いよいよ連載は残り3回。次の更新は、2月2日(日)です。お楽しみに!
https://bunshun.jp/category/utsubyou-kudan

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