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終われない21世紀型映画からの逃亡 小島秀夫が観た『ローガン』

2017/06/11

genre : エンタメ, 映画

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なぜ『ローガン』に『シェーン』が登場したのか?

 終わらないユニバースの中で、生を描くとはどういうことだろうか。物理的に永遠に生き続ける姿を描くことだろうか。そうではないだろう。死なないことと、生きていることとはイコールではない。死ぬことは終わりとイコールではない。次の世代に自分の存在の証、存在の痕跡を渡す。それが生き残る、ということだ。終わらない物語を終わらせることで、初めて生と死の本当の意味が見えてくる。

『ローガン』は、それを描くことに成功した。この作品は、911以後の「正義」の定義を書き換えた『ダークナイト』と同様に、シリーズに残る痕跡を刻んだ。

 この成功は、ヒュー・ジャックマンが17年間の長きにわたってウルヴァリンを演じ続けたからこそ可能になった。最初からやろうと思っても意図的には容易にはできないことであろう。

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 ヒュー・ジャックマンという生身の役者の存在と同じく、『ローガン』に成功をもたらした要因は他にもある。それは、17年間にわたって築き上げてきたX-MENというユニバースそれ自体の存在である。

©2017Twentieth Century Fox Film Corporation

 前述の通り、2000年にブライアン・シンガー監督によって『X-MEN』が発表された。半ば偶然だろうが、ミレニアムの期待に人々が沸き立つ時代に、新人類が活躍する映画が公開されたのだ。これがユニバースの始まりである。翌年の911同時多発テロを経て、2003年に『X-MEN2』が公開、以降、『ファイナルディシジョン』(2006年)ウルヴァリンの単体作品である『ウルヴァリン』(2009年)、マシュー・ボーンによるプリクエルにしてシリーズ最高傑作の『ファースト・ジェネレーション』(2011年)、『ウルヴァリン:SAMURAI』(2013年)、『フューチャー&パスト』(2014年)、『アポカリプス』(2016年)と製作され続けてきた。ミレニアムへの期待の直後の同時多発テロ。新世紀の未来も、アメリカの正義も単純には信じられなくなる価値観の揺らいだテロの時代。2002年の『スパイダーマン』では、ピーター・パーカーは自身の能力に悩み、2008年には従来のヒーロー像を大きく逆転させた『ダークナイト』が公開されている。終わらないテロとの戦いの時代に、ヒーローたちは未来だけでなく、自分の過去に立ち返り、存在意義と己の使命を省みるようになった。ヒーローの内面にも回帰するユニバースが生まれたのだ。こうして物語は「終わらない」だけでなく、「終われなく」なる。

 そんな時代に『ローガン』は、過去に回帰するだけでなく、未来にバトンを渡すという物語を描こうとしたのだ。それは実は、古典的な成長物語の構造を持っている。作中で名作『シェーン』の引用がなされるのはそのためだ(少女ローラが作中で見ている映画が『シェーン』である)。農民を守る流れ者のシェーンがローガンであり、ラストに去っていくシェーンに「シェーン、カムバック」と呼びかける少年ジョーイがローラである。シェーン(ローガン)は決して戻ってこない。しかし、ジョーイ(ローラ)の「カムバック」という叫びのこだまは、永遠に響き続ける。ジョーイの中にシェーンが宿り、彼の成長を予感させたように、ローラの中にローガンは永遠に残るのだ。

©2017Twentieth Century Fox Film Corporation

最後の抵抗と挑戦

 この「カムバック」の響きは、映画の最後の抵抗であり、挑戦なのかもしれない。
なぜならゲームというエンタテインメントは、すでに映画的なストーリーテリングを超えて、プレイヤーの数だけ物語を発生させるというストーリーテリングを獲得しているからである。「終わらない」ことを志向するのではなく、「終われない」ことに自縛されるのでもなく、「終わる必要がない」物語形式が、ゲームにはもはや可能なのだ。さらにゲームは、映画以上に依存性を誘発できる。「終わらない」「依存型」のエンタテインメントがゲームであり、市場=ユーザーはそれを求めている。

 この先、映画というエンタテインメントはどこにいくのだろうか。再生(カムバック)なのか、新生なのか。あるいは、ゲームが切り開いた「終わらない」「依存型」の領域だろうか。ただひとつ言えるのは、(ヒュー・ジャックマンの)ローガンは終わったが、X-MENのユニバースは終わらないということだ。しかし、ローガンの残した爪痕は、ユニバースの表層だけでなく、奥深くにまで刻まれ、消えることはないだろう。その爪痕が新しい芽の土壌になることもあるだろう。あえて終わることによって、永遠に残る。

『ローガン』は、終われないマーベル・シネマティック・ユニバースの、独立したひとつの物語として、終わらない無限の宇宙(ユニバース)をその中に閉じ込めたのだ。

『LOGAN/ローガン』 6月1日(木) 全国ロードショー 20世紀フォックス映画配給 ©2017Twentieth Century Fox Film Corporation

終われない21世紀型映画からの逃亡 小島秀夫が観た『ローガン』

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