(1)より続く

 シリーズ累計600万部超、31年目を迎える『陰陽師』著者の夢枕さんと、デビュー作にして累計80万部の「八咫烏シリーズ」著者の阿部さんによる特別対談。創作の秘訣から執筆の意外なエネルギー源まで、和風ファンタジー界の巨匠と次世代エースが語りつくします。

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ヒマラヤのキャンプで盛り上がる話題とは

阿部 先生はいろんなところに取材に行かれていますよね。印象深かった取材先はどこですか?

『陰陽師 螢火ノ巻』(夢枕 獏 著)

夢枕 ヒマラヤ山脈のマナスルですね。昔、NHKで「ヒマラヤを越えるツル」というドキュメンタリー番組を見たんですが、映像がすごく美しくて、その鶴を見たくて30代のときに行きました。4800メートルのところにベースキャンプを張ったんだけど、雪が降り始めちゃって、毎晩雪崩の音が聞こえるんです。寝袋で寝ている背中にジェット機のようなゴーッという響きを感じて、「ヤバイっ」と思ってテントを出ようとすると雪崩が止まる。怖いので、雪崩がきてもテントを裂いて外に出られるように、ナイフを握って靴を履いて寝ました。だんだん食料も底を突いてきて、皆で大きいテントに集まるんだけど、こういう時、最初は大体みんな女の話をするんだよ。で、エッチなネタが出尽くすと、次は神の話になるんです。

阿部 女の話の次が、いきなり「神」の話なんですか!? 

夢枕 落差が激しいんだよ(笑)。シェルパが「私は仏を見たことがある」と話し出してね。子どもの頃、寺にやられて修行をしている時に黄金に光り輝く仏陀を見た、それを師匠に話すと「子どもが仏陀を見られるわけがない。それは、悪魔がお前を騙そうとしているんだから気をつけなさい」と言われた、なんて話をしてくれました。これは、「今昔物語」にも似たような話があるんだけどね。そんなことをしているうちに、シェルパが村まで降りて羊を一頭抱えてきてくれて、角と蹄以外はほとんど食ったね。骨の髄とか、目玉とか、脳とか、全部。あれはめったにない体験だったな。

阿部 すさまじい取材ですね……。

夢枕 玄奘三蔵の話を書こうと思って、玄奘三蔵が通ったコースを辿ったこともあります。大谷探検隊が通った天山を越えるコースなんだけど、天安門事件があって、途中でやめざるをえなくなってしまった。これも結構大変でしたが、面白かったなぁ。でも、この時書こうと思った話はまだ書いてない。

阿部 果たしてこれは、面白いという一言に集約していい経験なのでしょうか……。圧倒されてしまいます。

夢枕 生きて帰ってきたから面白いといえる話ですね。でも、もっとすごい、異常な人間たちがたくさんいますよ。「格闘技」も「山」も、大体同じなんです。みんなバカで、純情で、凶暴で、スケベ。危険なこと、誰もやっていないことを探すから、そういうヤツほど死んでいきますね。そんな人たちの傍にいたことが、財産になっています。

阿部 彼らを駆り立てるものって一体何なんでしょう。

夢枕 “飢え”でしょうね。たとえば玄奘三蔵が17年かけて天竺まで行って経典を持ち帰ってきたのは、人々のためではなく、知的な飢えだったと思います。