晴明と八咫烏の関係とは
夢枕 阿部さんは、「八咫烏シリーズ」以外も書いてるんですか?
阿部 いずれ他のものも出したいと、打合せをしているところです。去年まで修士論文で忙しかったので。
夢枕 そうか、まだ大学にいらっしゃるんでしたね。ご専門は?
阿部 東洋史です。
夢枕 「八咫烏シリーズ」はファンタジーですが、日本神話や平安文化を下敷きにしていますよね。特に平安文化についてかなり細かいことや、僕が知らない言葉も出てくるんだけど、そういうのは自分で調べるの?
阿部 自分で調べたり、大学の先生に教えていただいたり。最初から小説を書くために勉強するつもりだったので、授業もそのために選択しました。『烏に単は似合わない』は、最初は平安時代の設定で書こうとしたのですが、平安時代だと絶対にありえない点があって書くのを諦めていたんです。でも、大学で「日本の伝統文化」という授業があったので、その授業に出て、先生にどんな本を読めばいいか教えていただいて、それを読みながら書きあげました。
夢枕 ファンタジーとはいえ、長いものを一作書くのは大変なことですから、そういう仕込みは重要ですよね。岡野玲子さんが『陰陽師』を漫画化された際に大変だなと思ったのが、小説家は、言葉を知っていれば「黒袍を着ている」とか書けますが、絵にする時は、黒袍の襟の合わせや、袖の長さまでわからないといけない。岡野さんは大変な勉強家で、全部調べて描かれるので、僕なんかよりも詳しくて。
阿部 当時の装束を一通り着せてもらえる授業もとても役に立ちました。授業ごとに、細長や狩衣、文官束帯、武官束帯と、着付けを教えてもらい、自分でも着てみるんです。
夢枕 実際に着てみて、これは重いとか、動きにこういう制限ができるとかを皮膚感覚で知るのは貴重な経験ですよね。僕も2回くらい着たことがあるかな。岡野さんとコスプレさせられて、黒袍を着ました(笑)。
資料といえば、ずっと「平安時代の玄関はどこだろう」と探してた時期があったんです。いろんな資料を見てみるんだけど、載ってない。それで五味(文彦)先生に訊いてみたら「玄関はありません」とパッと答えてくれました。専門家はやはりすごい。今、周りに専門家がたくさんいるうちにいろいろ聞いておいたほうがいいですよ。
阿部 でも逆に、大学で勉強して、私には歴史小説は書けないな、とも感じました。
夢枕 勉強しすぎると、今度は書けなくなっちゃうよね。ところで、なんで「八咫烏」のキャラクターを書こうと思ったの?
阿部 高校生の頃に書いた『玉依姫』の原型になったものに、八咫烏を出したんです。玉依姫は下鴨神社に祀られるご祭神で、同じく下鴨神社に祀られている玉依姫命の父・賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)の化身が八咫烏なので、神のお使いとして八咫烏を登場させました。ただ烏がしゃべるだけだとつまらないので、人間の姿をとれることにして脇役として出していたら、読んでくれた友人たちが「この八咫烏って面白いね」と言ってくれて。それで「八咫烏シリーズ」が始まったんです。
夢枕 中国の古い絵にもよく三本足の烏が出てきますよね。いろいろ調べたんだけど、あの烏は五芒星のもとになっていると思うな。中国の雲南省に行ったときに、「⦿」とか、五芒星みたいな絵が岩にいっぱい描いてあるのを見たので、雲南省の博物館に行ったときに五芒星は何を意味するのか訊いたら、太陽だって言うんです。で、ここからが面白いんだけど、香川に晴明ゆかりの神社があって、そこのマークは五芒星の真ん中に点が打ってある。これが何かというと、おそらく烏なんです。なぜかというと、中国の神話では、三本足の烏が太陽を運んでるから。これは僕の想像なんだけど、太陽が水平線の近くに来ると、目のいい人だと黒点が見えるんですよ。で、その黒点を見て「烏が太陽を運んでいる」と思ったんじゃないかな。だから、八咫烏に化身して神武天皇を導いた賀茂建角身命を始祖とする賀茂氏と、五芒星の紋を用いた安倍晴明は、かなり関係が深いんです。
阿部 神話の世界っておもしろいですね。ネタの宝庫です。
夢枕 「八咫烏シリーズ」には途中から猿も登場しますが、サルタヒコも神格としては八咫烏と同じで、太陽の案内人ですよね。烏と猿の組合せはいい発展形態になると思うので、楽しみです。
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この対談は、夢枕獏さんの「陰陽師」シリーズ最新作、阿部智里さんの八咫烏シリーズ外伝「すみのさくら」とともに、「オール讀物」7月号(6月22日発売)に掲載されます。