最近、「エピジェネティクス」という言葉に触れる機会が多いのではないだろうか。エピジェネティクスとは、たとえばこんなふうに定義してもいいだろう。
DNAの特定の場所にメチル基(CH3)がくっついたり、はずれたりする。さらには、DNAが巻き付くタンパク質であるヒストンの特定の場所にメチル基、アセチル基(CH3-CO)などがくっついたり、はずれたりする。そのような化学的な修飾の程度によって遺伝子の発現が調節される現象。
よってタイトルにある、「遺伝子は、変えられる。」とは、正確には「遺伝子は、エピジェネティクスによってその発現具合が変えられる」であり、根本にあるDNAの塩基配列が変えられるわけではない。残念ながら、誰もがイチローや羽生結弦君になれるという意味ではないのだ。
ただし、本書によれば遺伝子のエピジェネティックな変化は意外と簡単に起きてしまう。食べ物、飲み物、薬、運動、X線、ストレス……。誰もが日々直面する、些細な出来事や要素が遺伝子にエピジェネティックな変化をもたらす可能性があるという。
さらに本書にはこんなエピソードが登場する。一卵性双生児の一方はいじめを受け、他方はいじめを受けなかった場合、いじめを受けた方にはエピジェネティックな変化が起きる。セロトニントランスポーターの遺伝子(正確にはそのプロモーター部分)にメチル基がとても多くくっついていたのだ。するとこの遺伝子がオフの状態になり、神経伝達物質のセロトニンが不足しがちになって、うつになる可能性が高まるのである。
エピジェネティックな変化は一生、あるいは数世代にわたって続く可能性があることがわかっている。
私はうつを患った過去があるが、もしかしてセロトニントランスポーター遺伝子の問題部分にまだメチル基が多くくっついたままだろうか。それとも大分はずれたから治ったのか。とても気になる。
シャロン・モアレム/科学者・内科医・ノンフィクション作家。マウント・サイナイ医学大学院で博士号を取得。その研究は画期的な抗生物質「シデロシリン」の発見に繋がった。他の著書に『迷惑な進化――病気の遺伝子はどこから来たのか』。
たけうちくみこ/1956年生まれ。動物行動学研究家。92年、『そんなバカな! 遺伝子と神について』で講談社出版文化賞を受賞。