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圧倒的な知識、酒席での武勇伝、そして全力疾走――追悼・坪内祐三と過ごした日々

2020/01/23
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永遠に補充され貯め込まれ続けていく資源

『ストリートワイズ』『シブい本』を出した1997年、30代の坪内に教育雑誌でインタビューしたことがある。いま読み返すと、驚くほど変わらぬ坪内がそこにいる。

 夏目漱石などを引き合いに出しながら、「日常の積み重ねが歴史を作っているわけですよね。観念でもって歴史を語ったときには見えてこないリアルというものがあるんです。事実、当時の新聞とか雑誌とか読んでいくと、ああそうか、いまと変わらないんだなとか、当時ならではとか、そういう時代の空気っていうのが体感できるようになってくる。それがすごくおもしろい」と坪内は語り、最後にこうしめくくっていた。

「好きなものをもっと好きになるためには、どこかに探しにいかなきゃいけない」

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 冒頭で書いた“体質”というのは、坪内の尽きることのない探求心であり、森羅万象を飲み込む容量である。そして、「頭の中に大きな穴があって、無意識だとその穴にどんどんどんどん記憶が堆積されていく」という、どんなに上書きされても消えない保存データを維持できる記憶力のことである。だから、資源は尽きることがなく永遠に補充され貯め込まれ続けていく。内外文学はもちろん、食、街、音楽、映画、スポーツ、政治、建築、芸能とその対象はまさに無尽だった。亡くなる直前まで「まだまだ新しい連載を持つことができる」と言っていたのは、吐き出す資源がまったくもってあり余っていたからなのだろう。40年間、私が投げたボールが打ち返されなかったことは一度もなかった。

©文藝春秋

酒の飲み方も全力疾走だった

 20年以上前から大晦日はきまって坪内夫妻と「紅白歌合戦」を見ながら過ごしてきた。去年の年末もそうだった。この日は、筒井康隆さんとの会話、あるエッセイに対する辛辣な批判など、酔う前にたくさんの話を聞いた。私が読み終えたばかりのウンベルト・エーコの『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』に関してふると、もちろん読破していて、「あの本、家にあったのに、間違えて2冊買っちゃった」と言っていた。

 ただ、ここ数年は、飲むピッチが速くて、一緒に年を越す前にダウンというのが常となってもいた。この日(つまり亡くなる13日前だが)は、とりわけグラスをあけるスピードが速く、2時間足らずでウイスキーのボトルをひとりでほぼ一本あけてしまっていた。酒ぐらいゆっくり飲めばいいのに、ここもまた全力疾走だったのだ。

 私はいま、ぽっかりとあいた大きな空白を埋められないままたたずんでいる。思い出があまりに多すぎて、心の整理がまるでつかない。

 あと少なくとも10年は、全力疾走する姿を見ていたかった。

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