韓国の大統領といえば、その権限は絶大だ。 

 国家元首として国家間における条約締結・批准を行い、宣戦布告の権限や憲法改正の提案、戒厳令の布告はもちろん、国軍の指揮もできる。さらに、行政のトップとして長官(大臣)や大法院長(最高裁判所長官)の任命権を持ち、加えてテレビ局や新聞社などの代表者人事等、「約3万個のポストに大統領の息がかかる」(韓国全国紙記者)といわれるほどそのパワーは広範囲に及ぶ。

大統領就任祝いの新聞広告に透ける各社の思惑 

 そんなパワーの一端を最初に垣間見られるのが、大統領就任祝いの新聞広告だ。

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現代自動車の広告。上品に微笑む文大統領が印象的だ。

 これは就任翌日から掲載される大統領就任時の風物詩。今回は当選=即就任ということもあり当選翌日の5月11日朝刊には文在寅大統領の就任を祝う広告がずらりと掲載された。韓国の大手財閥は全面広告、その他の有力企業は7段1/2や数社合同で全面広告を出したりしていた。

 前出記者が言う。

「新聞の全面広告の費用は媒体企業ごとに異なりますが、約5000万ウォン(約489万円)ほどといわれます。歴代大統領就任時に必ず掲載されるもので、韓国では定番の光景。大統領の写真を使うか使わないかに大きな意図はないともいわれますが、それとなく企業の思惑も透けて見えます」

LGも積極的に文大統領の写真を使用。

 必須フレーズはいずれも「第19代文在寅大統領の就任をお祝いいたします」で、さらに丁重な「お祝い申しあげます」の表現を使った企業もあり、それぞれだ。

崔順実事件に関わったサムスンとロッテの広告は――。

 今回特に目を引いたのは、朴槿恵前大統領が弾劾、罷免となるきっかけとなった崔順実事件に関わったサムスンとロッテの広告だ。

どこか他人事のようなサムスンの広告。

 サムスンはグループ内の合併を有利に運ぶために朴前大統領などに賄賂を渡したとされ、現在、李在鎔副会長は起訴され、収監中だ。

 そんな背景からか、サムスンは朴前大統領、文在寅大統領ともに全面広告にはかわりなかったが、中身が微妙に違った。

 朴前大統領の就任の際には、朴前大統領が老人の手を握っている写真に、「お祝い申しあげます」と丁重な文言を添えていたが、財閥改革を標榜する文大統領には、幼い女の子の写真を使い、「第19代文在寅大統領の就任をお祝いいたします」とさらりとシンプル。また、朴前大統領の時は、コピーの締めくくりに「その夢のために向かう国民の幸福な時代。国民の新しいスタートにサムスンが共に立ちます」と大統領と「共同体」のイメージを感じさせたが、今回は、「より多くの夢が叶えられる国になることを願います」とどこか他人事のようだった。

 韓国の全国紙記者が苦笑する。

「李副会長が朴前大統領との関連で逮捕されたことを受けて、露骨に現大統領へすり寄るような紙面は避けたのでしょう」

 5大財閥(サムスン、現代自動車、SK、LG、ロッテ)の中でサムスン同様、文大統領の写真を使わなかったのがロッテだ。

贈賄罪などに問われているロッテも控えめな就任祝い。

 ロッテは、崔順実事件では免税店許可を巡る贈賄罪などに問われていて、5月23日の朴前大統領の初公判には神妙な面持ちの辛東彬会長の姿もあった。

 ロッテは朴前大統領就任時には大きな花のイラストを背景に微笑んでいる朴前大統領の写真を使った全面広告だったが、今回は若い女性の横顔のアップ。ただ、「みなが力を合わせて作っていく国の明日。ロッテが雇用創出と経済活力で共に開いていきます」と文大統領の第1号公約で、いの一番に業務指示した「雇用創出政策」に歩調を合わせていた。

 ちなみに大統領の権限を縮小させようという議論は十数年前からされていて、そのための憲法改正の是非が来年にも問われるといわれている。大統領の権限が縮小されれば今後はこうした大統領就任時の風物詩も見られなくなるかもしれない。

大統領就任を称えるSKの広告。