「韓国の国民の大多数が慰安婦合意については情緒的に受け入れられていない」

 遂に日韓間にゴングが鳴り響いた――。

文在寅の「ツートラック戦略」

 就任2日め、文在寅大統領は安倍首相との電話会談で「慰安婦合意」の立場をこう明らかにした。韓国の全国紙記者が言う。

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「慰安婦合意については再交渉を一貫して訴えていましたから、日本でもこの内容は織り込み済みだったのではないでしょうか。ただ、北朝鮮の核問題では協力していくことで日本と一致している。これは自身が掲げるツートラック戦略に則ったものです」

 日本についてのツートラック戦略とは、歴史問題は歴史問題としてとらえる一方で、北東アジアの平和に向けて経済・安保・政治の面では日本とは共同ビジョンを持っていこうという2つの並行路線の戦略のことだ。

 文大統領の外交ブレーンのひとりで慶應大学で訪問教授の経験もある、金基正・延世大学政治外交学科教授の話。

「(慰安婦合意の)再交渉というのは、まず前政権がどういう内容で合意に至ったのかを詳細に省察する、レビューするという意味です。そのため、解決までには時間がかかるかもしれません。しかし、前政権のように日本との関係においてこの再交渉を入り口にするわけではありません。慰安婦合意で話し合いができなければすべてをストップするようなやり方はしない」

国務総理に知日派を指名

国務総理に指名された知日派で知られる李洛淵氏(左から二番目)と国家情報院長に指名された徐薫氏(左から三番目)。 ©getty

 朴槿恵前大統領は慰安婦問題が解決しなければ日本との会談は行わないとし、就任から2年8カ月もの長い間首脳会談を行わない異例の事態を作った。これには韓国内でも非難が噴出していたが、同じ轍は決して踏まないということなのだろう。しかし、文大統領自身よりその側近らが日本には関心がないとも伝えられ、日韓関係の冷え込みは必至と懸念されていた。前出記者が言う。

「ただ、副大統領職の国務総理に知日派を指名しました。これは派閥や地域に配慮した、たぶんに国内用の人事とみられていますが、それでも、少なくとも知日派を指名したことは日本について聞く耳を持っているというメッセージがあるのではないでしょうか」

 国務総理に指名されたのは、李洛淵・全羅南道前知事(64。指名された後道知事辞任)だ。

 李前道知事は、新聞記者出身で、東京特派員の経験を持ち、日本語が堪能。日韓議員連盟の首席副会長も務め、日本には人脈が多いことで知られる知日派だ。道知事時代には全羅南道との姉妹都市・高知県とも深い交流があったと伝えられている。

 別の記者は、「ツートラック戦略にしても果たして日本の安倍首相が受け入れるかどうかが問題」と肩をすくめる。

「再交渉も相手あってのことですから。韓日関係は当分、膠着するしかない。なにより米国とはTHAAD(高高度防衛ミサイル)配備、FTA(自由貿易協定)、北朝鮮の核問題、中国とはTHAAD配備で綻びている韓中関係の修復といった優先順位の高い懸案を解決してから韓日でしょう」

 文大統領は、就任初日に要職の指名を次々に行ったが、なかでも国家情報院院長の人選には、「北朝鮮との関係は『対話に重きをおく』という文大統領の強い意志の表れを感じる」(複数の記者)と話題になった。

 国家情報院院長には、徐薫・梨花女子大学北朝鮮学科招聘教授(62)が指名された。徐教授は、国家情報院に28年間務めたベテランで、金大中元大統領時には対北戦略調整団長を、盧武鉉元大統領時代にも対北戦略室長を務め、2回(2000年、07年)の南北会談を成功させた、韓国きっての北朝鮮通だ。

「徐教授は、1996年、朝鮮半島エネルギー開発機構の代表者として北朝鮮に2年間駐在していたことがあり、故金正日総書記ともっとも多く接見した韓国人として知られ、また処刑された張成沢氏(金正恩の叔父)とも交流があった。国家保衛省などにも人脈が豊富といわれ、徐教授が院長に就任すれば、国情院はうってかわって『南北間の緊張緩和』路線となる。北朝鮮はこの人事にほくほく顔なのではないでしょうか」(同前)

 しかし、一方では、「北朝鮮の内部に精通しているが故に、丸め込まれるのではないか」と危惧する声もあがっている。

 いずれにしても、指名された人事は、これから行われる人事聴聞会を経て正式な就任となる。