広瀬 ヤフーに仕事で関わらせてもらって、IT企業が元気なのは自分の仕事と価値が直結しているからなんじゃないかなと感じました。プログラムを組むと、一週間後にはサービスサイトがオープンする。プログラムコードを書かない部門の人でも、アウトプットとの距離が近いように見えました。日本の創業期の自動車や家電メーカーの人たちも、こんな感じで仕事をしていたんじゃないかなと想像しましたね。
電通も博報堂も「デザイン」の力を重視
――既存の組織では自分の業務と、社会に提供する価値とが乖離してしまっている、と。
広瀬 誤解しないでほしいのは、企業の中には優秀な人がたくさんいるんです。僕は都市デザインシステムの前職は外資系のコンサルタント企業でした。といっても、クライアント企業の中に入って一緒に作業して業務改善をする仕事です。社員証をもらって社員食堂で一緒にご飯を食べつつ働いていると、「こんなに優秀な人たちがたくさんいるのに、なんで俺たちは呼ばれているんだろう」と思う、すごい人が何人もいました。
でも一緒に作業をしている外部の若造が客観的な意見を言うことで、社内の雰囲気が変わるきっかけが生まれることもある、それを期待されていたんだと後で自分なりに気付くのです。業務コンサルの仕事はすごく勉強になりました。その経験に、建築やデザインの現場で培った経験が掛け算できるといいなと思っています。実際、徐々に時代がそうなってきましたよね。その効果は未知数だと思いますが、電通がフロッグデザイン(米デザイン会社)と業務提携して、博報堂がIDEO(米デザインコンサルティング会社)を買収する、そんなことが起こるなんて当時は想像もできませんでした。
社外の人と協働する理由
――社外と組むのではなく、たとえば社内のデザイン力を強化するといった方向性もあると思うのですが。
広瀬 企業の内部にいる人が見落としがちなのは社内の人件費です。「外に頼むよりも自分たちでやったほうが安い」と言う人は多いですけど、人件費は手取りの給料の2.5~3倍かかっている、そのことを忘れている。社内教育を強化することはもちろん重要ですが、ほかの業務をうっちゃって専門教育をしている間に支払われているコストは、実は莫大なんです。それよりも、同じことを専門にやっている外部のメンバーを招き入れて、プロジェクトの早い段階から社員と協働させればコストも下がるし、OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)にもなります。社内の常識では当然無視されがちな業務フローを、抜本的に見直すきっかけにもなりえます。最近は優れたアウトプットでクリエイターを招き入れるメリットを説くよりも、こういう説明のほうがわかってもらいやすいのかなと感じていますね。
幸い、「社内だけだと限界があるので」と依頼してくださる企業や行政の方がたくさんいらっしゃるので、僕も分析ではなく実体験としてこういうことが言えます。それはありがたいですね。
――組織に力がなくなっているわけではなくて、これまでの長い経験がボトルネックになって遊休資産化しているリソースがあり、そこに外部の力をかけ合わせて活用することがお仕事なんですね。
広瀬 はい。デザイナーという職種ひとつとってみても、日本ではインディペンデントなデザイナーよりも企業内部にいる人のほうが圧倒的多数です。この人たちがいろいろな場に出てきて外の才能ある個人と協働すれば、日本のビジネスは変わるんじゃないかと思います。ハードインフラや特許よりも、人とチームが経営資源としての力を発揮する流れはもう逆戻りはしないでしょうね。
写真=佐藤亘/文藝春秋