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モテるけど、誰にもなびかない植物男子の生態

著者は語る 千早 茜『ガーデン』

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『ガーデン』(千早 茜 著)

 生活デザイン雑誌の編集者である羽野くん(30代前半)は、海外で育ち、小6の時に日本に戻ってきた帰国子女。幼少期を過ごした外国の邸宅には、塀の内側に広大な庭や果樹園があり、羽野くんは緑の木々、熟れた果実や樹液の匂いにさえ快楽を覚える少年だった――。帰国し、東京で暮らし始めた羽野くんは、やがて濃密な「庭」を自室に再現する。現在の彼は、多くの植物や花々に囲まれて暮らす、筋金入りの「植物男子」なのである。

 ユニークな主人公が生まれた背景には、ふだん京都に暮らす千早さんが東京で意識した違和感があった。

「東京の人と雑談している時、京都の人と違うなと感じたことがあって、それは、東京の人はお喋りしていても凄く窮屈そうだということ。まるで、成長しすぎると周りに迷惑をかけちゃうから、自分で自分の枝葉を剪定しながら鉢を壊さないように伸びてゆく植物みたいだな、と。そういう“鉢植え植物”みたいな男の子を描いてみたいと思ったのが最初のきっかけでした」

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ちはやあかね/1979年、北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2008年、第21回小説すばる新人賞受賞。受賞作を改題した『魚神』で09年、泉鏡花文学賞受賞。13年『あとかた』で第20回島清恋愛文学賞受賞。直木賞候補となった『男ともだち』が話題を呼んだ。

 清潔で、気遣いができ、見た目も悪くない羽野くんは、美人モデルに迫られたり、同僚の女子から関心を寄せられたり、はっきり言ってモテる。しかし彼はどんなに露骨に誘われても、一定距離以内には他人を寄せ付けず、まっすぐ帰宅して植物を愛でる青年なのだ。

「先の筋は考えず、羽野くんの『観察日記』のつもりで連載を始めたんです。毎回いろんな女性を彼にぶつけてみて、今度こそ彼の世界が揺らぐだろうと思うのに、想像以上に羽野くんは他者の介在を許さない人。次々に公達が求婚してもなびかない、まさに“男かぐや姫”でした(笑)。連載中は羽野くんの“揺るぎなさ”と戦う日々でしたね」

 羽野くんに関わることで、周囲の女性たちはみな人生が動き出す。ある者は妊娠、結婚し、ある者は病に倒れ、ある者は仕事を辞め――。ただひとり、羽野くんだけが何も変わらず、自分の「庭」へと戻っていくのだ。

「仕事、結婚、出産と、女性には人生の分岐点がたくさんあるので、常に選択と決断を迫られて、戦って、傷ついて、変わらざるをえないんですよ。ところが羽野くんの場合は、植物に囲まれることで自足しているから、変わりようがない。

 私がこれまで描いてきた男性主人公って、何となく女の子とセックスしちゃったりする人が多くて、羽野くんはまったく初めてのタイプ。正直、こんなに濡れ場のない小説になるとは思ってもみませんでした。いくらなんでもこれだけ女性の登場人物がいたら、キスくらいするよねって(笑)」

 そんな羽野くんの言動が、図らずもある女性に影響を与え、終盤、半ば巻き込まれるようにして、彼はその女性の人生に(ついに!)介入しそうになる。羽野くんは煩悶する。「このまま流れに身をまかせてしまった方がいいのか」「僕は答えをださなくてはいけないのだろうか」と。果たして彼は“変わる”のか? 彼の世界が揺らぐ日は来るのか?

「悩みに悩んで、何度も書き直した」(千早さん)という結末に向かって、頁をめくる手が止まらなくなる。

「今時の若い男子の中には、女友達と2人で旅行に出かけ、同じ部屋に泊まっても、“友達の関係を壊したくないから”セックスしないという子もいるようです。私自身は羽野くんのように自己完結する生き方もありだと思いますが、時には他者に揺るがされるのも人生の醍醐味のひとつでは」

『ガーデン』
帰国子女の雑誌編集者・羽野くんは、花と緑を偏愛し、生身の女性と深い関係を築かない「植物男子」。女性からアプローチされても常に一定の距離を保ち、自室に作り上げた「庭」に身を置いて自足する。閉ざされた彼の世界が開く日は来るのか? 古今の小説が描いてきた普遍的主題に正面から挑んだ渾身の問題作。

ガーデン

千早 茜(著)

文藝春秋
2017年5月29日 発売

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