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 そんなインタビューを終えて、少し雑談をしていた時だ。「そういえば」とふと思い出したように、ニックがある高校生の話を始めた。

「若いころ、私は一番乗りでアカデミーに行くことが多かったんだ。それである時期、早朝からものすごい勢いで自転車を漕いでコートに向かっている細長い生徒を見かけたんだ。『変なヤツだな』と思って車で抜いて行ったんだけど、次の日も、そのまた次の日もそいつはいつも一番にコートに向かっているんだよ」

「俺は絶対プロになる。だから、大学には行かない」

 あまりに毎日姿を見かけるため、ニック氏も気になってアカデミーの職員に「あの自転車のヤツを知っているか?」と聞いたのだという。

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「どうやらそいつはバスケットボールをやっている生徒だという。こちらはさっき話したように、基本的に生徒には大学進学を勧めるんだ。だが、そいつは全然、受け入れなかったそうでね。バスケットボールのコーチも困っていたんだそうだ。何度言っても『俺は高校を出たら絶対にプロになる。だから、大学には行かない』と、何度コーチが進学を勧めても、頑として聞かなかったんだ」

2001年1月1日のネッツ戦でダンクを決めるコービー ©getty

 ニック氏は生徒のためにも、何とかして進学を視野に入れてほしいと願っていた。

 だが、コーチがその生徒を翻意させようと説得を続けても、結局彼は進学を考えることはなく、毎日毎日ニック氏と競うような形で、猛烈に自転車を漕いで、一番にコートに向かい続けていたという。

「その頑なさと愚直さにはこっちも驚いてしまってね。ついにあるとき、車から声をかけてみたんだよ。『お前、名前はなんていうんだ?』って」

 まだほっそりとした体つきで、背だけがひょろ長い。

 スポーツ選手としては線が細いように見えたその少年は、不思議そうにニック氏を見つめると、こう答えたという。

「コービー・ブライアントです」

「ドリームチーム」で金メダルを獲得した2008年の北京五輪 ©JMPA

「ああいうのは数少ないケースだからね」

 その後の活躍を見るにつけ、ニック氏も彼の選択が間違っていなかったことを認めざるを得なかったという。

「まぁでも、ああいうのは数少ないケースだからね」

 そう付け加えることも忘れなかったが、それだけ名伯楽の印象にも残る生徒だったのだろう。

 自身の意思を貫き通すその強靭なメンタリティと、その選択への批判を封じ込めるほどのハードワーク――若き日のコービーからは、すでにのちのファンから好かれる要素が見てとれていた。

 コービーの死には、多くの追悼コメントが寄せられた。昨年のMLBアメリカン・リーグMVPに輝いたロサンゼルス・エンゼルスのマイク・トラウトは「コービーが世界に与えた影響はとても言い表せない。ご冥福をお祈りします」とツイート。先日行われたグラミー賞授賞式ではアリシア・キーズとボーイズIIメンがアカペラ歌唱でコービーの追悼を行ったという。

 バスケットボール界だけでなく、全世界に悲しみをもたらした、レジェンドの早すぎる死だった。

©文藝春秋