天皇陛下のお気持ちを忖度するという、不思議な言論がここ数年多く見られるようになっている。

 天皇の政治利用というのは、源流をたどれば明治維新そのものに行き着くが、戦前の「統帥権干犯」はその悪しき典型だ。戦後はこういうことが二度と起きないよう、日本国憲法で天皇は「憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」と定められ、政治利用を厳しく戒めてきた。当然のことである。

 ところが近年、なぜか右派だけでなく左派が天皇の意思を忖度し、政治利用に踏み込むようになっている。たとえば、左派系メディアとして知られる「リテラ」は、昨年7月の記事で、こう書いている。「宮内庁関係者の間では、今回の『生前退位の意志』報道が、安倍政権の改憲の動きに対し、天皇が身を賭して抵抗の姿勢を示したのではないか、という見方が広がっている」「天皇と皇后がこの数年、安倍政権の改憲、右傾化の動きに危機感をもっていることは、宮内庁関係者の間では、常識となっていた」

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 天皇陛下が安倍政権を嫌っているのかどうかは、判断しようがない。いずれ「昭和天皇独白録」のような本が出て、今上陛下の真意がある程度明らかになってくる日が来るかもしれないが、現時点では何とも言いようがないし、勝手に代弁してはならない。

 陛下の護憲的な発言はときおり見られるが、天皇が護憲なのはごく当たり前のことだ。しかしそうはとらない人が少なくないようで、たとえば著名な左派言論人はツイッターで以前こんな発言をしている。「安倍首相にとって、憲法遵守と平和主義の天皇陛下と、自国益第一のアメリカだけはコントロールできないやっかいな存在になりつつある」

 これに対して、仲間の言論人はこう反応。「安倍首相にとって国内最大の政治的ハードルは天皇でしょう。首相の『愛国的ポーズ』に対する嫌悪感を天皇陛下はもう隠していませんから」

 古いところを遡れば、もっとも驚かされたケースとして山本太郎参院議員の「直訴」事件がある。2013年10月のことだ。秋の園遊会に列席した山本議員が、陛下にじかに手紙を手渡し、その後記者団に「原発事故での子どもたちの被曝や事故収束作業員の劣悪な労働環境の現状を知ってほしかった」と説明した。山本議員の公式サイトには、こう書かれている。「この胸の内を、苦悩を、理解してくれるのはこの方しか居ない、との身勝手な敬愛の念と想いが溢れ、お手紙をしたためてしまいました」

 この「直訴」を左派系のジャーナリストは「まさしく平成の田中正造である」とコメントした。明治時代、大日本帝国憲法下での天皇への直訴と同じだと評価したのである。

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 この「直訴」について、映画監督の森達也さんは朝日新聞のインタビューでこう語っている。「政治家も官僚も経営者も私利私欲でしか動いてないが、天皇だけは違う。真に国民のことを考えてくれている。そんな国民からの高い好感と信頼が今の天皇の権威になっていると思います。(中略)右だけではなく左も自分たちに都合よく天皇の言動を解釈し、もてはやす。いわば平成の神格化です。天皇は本来、ここまで近しい存在になってはいけなかったのかもしれませんね」

 最近では、毎日新聞の「陛下、公務否定に衝撃」報道についての反応がある。生前譲位をめぐる有識者会議で保守系専門家から「天皇は祈っているだけでよい」という意見が出たことに、陛下が「ヒアリングで批判をされたことがショックだった」と強い不満を漏らされていた、という報道だ。

 記事には「陛下と個人的にも親しい関係者は『陛下に対して失礼だ』と話す」といった文章もあり、かなり陛下の「お気持ち」に寄った報道になっている。この記事に対して左派系の言論人からは、次のような反応があった。「こういう酷いニュースに怒るまともな保守が今は本当にいなくなったのだな。読めば読むほどに酷い」「この記事を読むと、『保守系』の『有識者』よりも、天皇陛下のお気持ちを応援したい思いが、ますます強くなります」