――なぜ「診断バイアス」が強いと判断したのですか。
西浦 私たち感染症研究者は、ウイルスの発生地から海外に渡航した感染者(=輸出感染者)が、いつどこで観測されるかに注目しています。今回は1月13日にタイで中国国外初の感染者が見つかり、次いで16日には日本で確認されました。これには愕然としてしまいました。
というのは、1月中旬時点の中国当局が発表した感染者数は50人にも満たなかったのですが、日本で世界2例目が観測された状況のデータから計算すると、武漢で何百人という規模で感染者がいないとおかしい、と推定されたからです。
それで、「これはヒト・ヒト感染が相当数起こっている。拡大していないとおかしい。これは大きな混乱になる」と確信しました。それが、今回の推定研究を始めるきっかけでした。
――英米の研究チームは、2月4日までに武漢だけで感染者が最大35万人になると発表しました。
西浦 少なくとも2月第1週が終わる頃には、武漢を中心とした感染者が10万人を超えることは確実です。英米チームの35万人という数字も非現実的なものではありません。2月初旬は、中国当局が進める都市封鎖などの施策がどこまで効果が出ているか判断できるタイミングになるでしょう。
今回の新型肺炎での死者は、発病から死亡まで2週間くらいかかっている。2月初旬に感染者が10万人規模となった後に、遅れたようにやってくる死亡者数は数百人というレベルでは収まらなくなると思います。そこで国際社会がどのように対応するか。それまでに世界で広く流行が拡大していなければ、各国で国境封鎖などの施策も検討されるかもしれません。
脅威は「インフルエンザ以上SARS以下」
――そもそも新型コロナウイルスがどれほどの脅威なのか教えてください。
西浦 2009年にメキシコで発生した新型インフルエンザの大流行と比べると、わかりやすいかもしれません。日本でもマスクが品薄になり、食料の買いだめや行政によるタミフルの大量備蓄も話題となりました。それくらい騒がれた2009年のインフルエンザですが、蓋を開けてみたら致死率(1人の患者が死亡する確率)は0.01%~0.03%を下回る程度でした。季節性のインフルエンザと大きくは変わりませんでした。
一方、中国で2002年から2003年にかけて流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)の致死率が17%くらい。現状を見る限り、今回の新型コロナウイルスの脅威は「インフルエンザ以上SARS以下」というのが妥当なところでしょう。
いま手元にある数字で、新型肺炎と診断された患者数で計算すると致死率は4%から5%くらいになります。しかし先述の通り、実際の感染者数はもっと多いはずですので、全感染者中の致死率はもっと低くなることは確実です。
――いつまで感染が続くのでしょうか。
西浦 2月初旬でピークが終わるとは思えません。いまのところ教科書通りのカーブを描いて感染者が増え続けています。香港の研究チームも発表していますが、この感染は5月ごろまでは続くでしょう。私たちの研究でもほぼ同じ結果が出ています。まだ収束する気配はありませんから、長丁場になることが予想されています。