とにかく労働生産性を上げよ
L経済圏の主役はサービス業です。具体的には、小売業や飲食業、宿泊、医療、介護、教育、保育、交通などです。大きな特徴は地元密着型であり、公共性が高いことです。地元密着型であることは、L経済圏にどのような特徴を与えるでしょうか。ここで、家と最寄駅を往復して、会社に通っている人を想像してみてください。多少安いからといって、最寄駅と家の動線上にない駅の反対側のスーパーに行くでしょうか。ほとんど行かないはずです。この例に端的に現れているようにLの経済圏では競争原理が働きづらいのです。
そして、もう一つの公共性が高いことは、そこで生活をしている人にとっては、なくなると困る、ということを意味します。医療や介護、教育や保育はその最たるものです。ですから、サービスの質が低くなっても、なくなるよりはマシですから、消費者はそれを甘受せざるをえません。そこで、Gの経済圏のことばかり考えているエコノミストや官僚は「規制緩和」すればいい、と言い出します。「規制緩和をすれば、市場原理が働き、質の低いサービスしか提供できない企業は、競争によって潰れる。市場に任せれば、質の高いサービスが以前より安価な価格で提供されるはずだ」と。しかし、ここで最初の特徴である地元密着型であることから導かれるL経済圏の特徴を思い出してください。L経済圏はそもそも競争原理が働きづらいのです。自由競争だけではそう簡単に淘汰は起きないのです。その結果、過当競争状態が常態化し、人件費を削りながら産業全体がブラック化したまま頑張り続けるという現象が起きがちです。単なる給与カットや長時間労働では生産性は上がっていませんから、低生産性の企業群が温存されるというパターンです。
この二つの特徴から、L経済圏は新規参入が起きにくく、競争原理が働きづらいために、企業の新陳代謝が進まず、質の低い商品やサービスを提供していても、生き残りやすい環境であることがわかります。別の言葉でいえば、労働生産性が低く、利益率が低くとも、企業は市場からの退出を求められにくいので、ゾンビ企業がいつまでも延命することになります。
このことは消費者の立場に立ってみると、あまりいいことではありませんが、社会全体から見ると、地方の雇用を確保する、という役割を果たしていました。
しかし、ここ数年、私はL経済圏の企業の再生や整理に関わりながら、L経済圏を根底から揺るがす変化を目の当たりにしました。それは少子高齢化、生産年齢人口の減少による「人手不足」です。「地方は人が余っていて、仕事がなくて悲惨だ」というのは、今や時代遅れのステレオタイプです。労働集約型のサービス業で人手不足が起こると、市場が求める需要に対して、供給量を保つことが難しくなります。みちのりホールディングスでは、ドライバーを確保するのに非常に苦労しました。地方の病院では看護師不足、介護施設では、介護福祉士不足が起きています。
L経済圏の需要の主役は、先述したようにサービス業で、介護や医療、保育、交通など公共性が高く、常に必要とされているものですから、需要の変動はあまりありません。しかも、介護や医療の需要は、高齢化の進行によって、これからも増えていくでしょう。
これまでは、人手が余っていたので、雇用を確保するために、労働生産性が低く、質の低い商品やサービスでも甘んじていましたが、人手不足となれば、話が変わってきます。少ない人手で社会が求める需要を満たすには、労働生産性を高めるしかありません。
すると、今こそ「規制緩和」だ、とまた言い出す人がいますが、L経済圏では、これまで述べてきた理由から競争原理が働きづらいことを思い出してください。それは有効ではないのです。
例えば、私が経営に参加しているバス業界は、優等生といえるほど規制緩和が進んだ業界でした。二〇〇二年の法改正によってバス一台あれば事業に参入できるようになり、ツアーバス会社は数千社に急増しました。しかし、人手不足のため、業者は増えたものの、それを支えるドライバーが少ない。しかも、労働生産性が低い。すると売り上げを維持するためには、ドライバーは長時間労働をするしかなくなります。しかも、オーナー自らが運転手というような小規模事業者では、十分な安全監督などできるはずもありません。二〇一二年に関越自動車道で七人の方が亡くなるツアーバス事故が起きましたが、規制緩和の結果だと言わざるをえません。労働生産性を高めるどころか、過重労働を招き、サービスの質も安全が損なわれるほどまでに劣化してしまった。労働生産性とは時間当たりの付加価値生産性ですから、バス業界の生産性は規制緩和で下がってしまったのです。「規制緩和」は、それを施す市場の性質を見極めなければ、正反対の効果をもたらすこともあるのです。