最低賃金を一〇〇〇円以上に
では、L経済圏を復活させるための処方箋は何か? 結論から言えば、まず、政府が最低賃金を上げることです。日本の最低賃金は、欧米先進国に比べると、三割ほど低い。二〇一四年の日本の最低賃金は全国加重平均で七八〇円ですから、一〇〇〇円を超える額を目指すべきです。また、同時に残業代未払いや過重労働を取り締まる労働基準監督、安全監督も強化すべきです。「規制緩和」ではなく、スマート・レギュレーション(賢い規制)こそがL経済圏には必要なのです。
するとどうなるか。その賃金に見合うように時間当たりの労働生産性を上げられない企業、従業員を劣悪な労働環境に置いている企業、質の高い商品やサービスを地元社会に提供できない企業は、市場から退出せざるをえなくなります。そして、労働生産性を高められた企業が生き残ります。わが国のL経済圏のサービス業の労働生産性は、世界的に見てまだまだ低いので、伸び代は十分にあります。しかも人手不足ですから、失業増大リスクはほとんどない。
しかし、政府は同時にしておくべきことがあります。それは企業が市場から退出するコストを低くしておくことです。たとえば、経営者の個人保証制度の改革です。倒産に追い込まれるような企業は、銀行から受けられる最大限の融資を受けています。そのため倒産すると、妻子はもちろん、ときには親戚まで連帯債務を果たすために自己破産を求められます。このように日本の現行の法律では、倒産のハードルは極めて高い。それらを見直して、経営者が倒産しても身ぐるみ剥がされずに最低限の生活を営めるようにするべきです。
もう一つの大きなハードルを作っているのは、信用保証協会の債務保証です。元々は、税金を投入して、市中銀行から受けられる融資額では足りない企業に貸し付ける制度でしたが、今は実質的には、市中銀行でお金を借りられない企業が頼る制度になってしまいました。日本の信用保証制度による融資規模は、約一二兆円。代位弁済も二〇〇八、九年は一兆円を超えています。人手が余っている時代は、雇用確保のために一定の合理性を持っていましたが、人手不足となった今、巨額の税金を投入するのは不合理です。むしろ、ゾンビ企業の穏やかな退出のために使った方がいいでしょう。「転廃業支援金」といった名目で、一定条件を満たした退出企業に資金を与え、経営者には、それを元手に穏やかな年金生活に移行してもらうのです。
また、もっともすみやかな退出の手段であるM&A(企業の合併、買収)を税制面で優遇するなどして、実行しやすくすべきです。
アベノミクスがもっとも効くのは地方
ここまで読んでいただいてわかるように、スマート・レギュレーションからすべてが始まるのですから、政府・地方自治体が非常に大きな役割を果たします。「行政」が本気で賢い規制、市場ルールのデザインを行い、そこで企業の労働生産性を上げる「プロ経営者人材」と、企業の退出をうまく促していく「地域金融機関」が揃って機能することが必要です。地域の企業の新陳代謝に関わる情報は地域金融機関にもっとも集積されていますが、問題はL経済圏の経営者人材の不足です。しかし、L経済圏の企業の生産性を高めるためには、超一流のグローバル人材は必要ありません。ウィンブルドンでは優勝できないけれども、日本チャンピオン、県大会優勝ぐらいの実力を持った人材なら、十分にL経済圏では力を発揮できます。そのような人材は東京にゴロゴロいるはずですし、地方にもいます。将来的にはGからLに経営者の人材を適材適所に還流する仕組みを作っていきたいと思っています。
倒産する企業で働いていた従業員はどうすればいいんだ、と心配される方も多いでしょう。ここでもL経済圏の特徴が活かされます。L経済圏の主体はサービス業の中小企業です。その労働市場はそもそも非常に流動性が高い上にその雇用形態は、企業が変わるとつぶしがききにくい「メンバーシップ型」ではありません。介護、医療、保育、交通など、L経済圏のサービス業で働く従業員は、専門的なスキルを持っているので、企業を移っても業務内容が変わらない「ジョブ型」です。たとえば、大型二種免許を持っているバスの運転手は、他のバス会社に行っても、業務内容は一緒です。看護師や介護福祉士、保育士などもそうです。ですから、L経済圏からゾンビ企業が退出しても、従業員が路頭に迷うことはないでしょう。同じ地域の労働生産性が高く、賃金の高い企業に吸収されていくはずです。なかには新しい職種・業種に挑戦したいという人も出てくるでしょう。そのような人々には、政府は職業訓練をする機関に通えるバウチャーを配布するなどして、積極的に転職を支援していくべきです。
このようなことが実現できれば、L経済圏の人手不足は解消し、賃金も上がるはずです。賃金が上がれば、消費が増え、企業の業績が良くなり、さらに賃金が上がります。この好循環でデフレを脱却しようといっているのは、アベノミクスです。つまり、アベノミクスがもっとも効果を上げられるのは、Gの経済圏ではなく、Lの経済圏なのです。年収一〇〇〇万円の人の所得がさらに増えても消費はそれほど増えませんが、年収二〇〇万円の人が年収四〇〇万円になれば、賃上げ分のほとんどは消費に回されるからです。
政府は今こそ、地方版「所得倍増計画」を進めるべきです。地方の観光業や飲食業で働く若い従業員の賃金は、年収二〇〇万円を切っている場合がざらです。これを三〇〇~四〇〇万円にできれば、共働きで七〇〇万円も可能になります。地方なら結婚して、子供も安心して育てられるでしょう。
地方創生の三要素は、やりがいのある仕事、安定した雇用、相応の賃金です。現実を直視し、「人手不足」に対応していけば、それが得られるはずです。地方には今、絶好のチャンスが訪れているのです。