道具を見れば、持ち主の人柄に思いを巡らせることができる。新人選手は用具一式を新調するのだから、個性も詰め放題。特にグラブに入れる刺繍から見える世界は、多彩に広がる。

グラブが伝えてくれる持ち主の人となり

 広島・ドラフト1位・森下暢仁(明大)は、「力・美・夕・暢・颯」と家族の名前の頭文字を一字ずつ入れた。「大学の最初のグラブから家族の名前を入れています。家族と仲はいいですね」。刺繍には、これまでの育ちも映し出されるようだ。同3位・鈴木寛人(霞ケ浦高)は「礼儀とかを忘れないように高校のモットーにしました」と「人間的成長」に決めた。育成1位・持丸泰輝(旭川大高)の「夢一直線」、育成3位・畝章真(四国IL・香川)の「一意専心」はともに父親から贈られた言葉であるところに、実直な性格が透けて見える。

 こうやって、刺繍が新人の素顔を教えてくれるだろう……と思っていた。間違いではなかった。けれども、グラブは想定よりも雄弁だった。刺繍を入れなかった飾り気のないグラブまでもが、持ち主の人となりを伝えてくれるようだ。

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左から、ドラフト2位の宇草孔基、同1位の森下暢仁、同3位の鈴木寛人。2列目左から、同4位の韮沢雄也、佐々岡真司監督、同5位の石原貴規。3列目左から、同6位の玉村昇悟、育成1位の持丸泰輝、育成2位の木下元秀、育成3位の畝章真

 広島の新人9選手のうち、グラブに名前以外の刺繍を入れなかったのは5人。ドラフト2位・宇草孔基(法大)は、好きな言葉である「ALL OK」と入れようと思っていたという。しかし、刺繍は自らの名前だけにした。

「グラブを発注するときが、ちょうどメーカーさんの繁忙期でした。だから、時間もないだろうし刺繍までオーダーするのは申し訳ないな……と思ってやめました。内野用のカラーも外野と同じにして、迷惑かけないようにしました」

 シンプルなグラブに、思いやりの心が見える。大学時代に友人から聞いた「ALL OK」をいまも大切にする理由も宇草らしい。「いいときも悪いときも全部を受け入れるという意味として自分なりに解釈しました。受け入れるためには、それまでの過程が大事。後悔のないように準備できていれば何事も受け入れられる」。私が宇草に初めて会ったのはドラフト指名後、大学4年秋のリーグ戦だった。東大戦で無安打だった試合後、「この結果にも意味があると思っています」と必死に前を向こうとしていた。汗で濡れた帽子のふちには、マジックで「ALL OK」の文字。悔しさすらも受け入れて初対面の記者にも丁寧に対応してくれた優しさは、名前しか入れなかった刺繍にも通じていた。