主人公・咲季子は30代後半の主婦だ。薔薇の花咲く家でフラワーアレンジメント教室の講師として人気を集め、本も出版。夫・道彦は優しい一面もあるが、厳格なルールを咲季子に強いていた。咲季子はそんな夫に少し疑問を抱きつつ、感謝もしているのだった。
ご自身も庭作りを好み、薔薇を育てているという村山由佳さん。しかし「薔薇の庭」という舞台が先にあったわけではない。
「ある時、旧知の編集者たちと“殺意”の話になったんです。『私、本当の殺意を持ったことがある』と話をしたら、『それは小説の核になる』と言って下さって」
その後、担当の女性編集者たちから「死体は庭に穴を掘って埋めてほしい」と要望が。「死体の上に咲くのはやはり薔薇だろう」と考え、傍らで鳴る音楽はエディット・ピアフの名曲『ラヴィアンローズ』(フランス語で「薔薇色の人生」)がいいと設定が決まっていった。
「薔薇は最も人工的な花です。それゆえ傲慢なほどの繊細さを持ち、ちょっとしたことですぐに枯れてしまう。育てる人は“奉仕者”にならなくてはなりません」
夫に服従する咲季子は、まさに“奉仕者”だった。しかし、年下のデザイナー・堂本と出会って人生が一変、2人は激しい恋に落ちる。咲季子は「幸せ」だったはずの自分たち夫婦の関係を冷静に眺めることができるようになり、初めて夫の酷い「モラルハラスメント」に気づくのだ。
「『モラハラ』は一種の洗脳で、私自身も最初の夫との間で経験したことです。なぜ逃げなかったの? とよく聞かれますが、相手が自分の神になってしまうから、自分たちの関係がおかしいと気づかない。それに、ふとおかしいと思って何か言おうとしても、1に対し100の反論が返ってきて気持ちをくじかれるんです。元夫には今はもう具体的な感情はないですが、それでも当時を思い出しながら書いていると、緊張で心臓がバクバクしました」
“透明の檻(おり)”を出て羽ばたこうとする咲季子だが、全てを知った道彦は堂本に社会的制裁を加えると激高する。やがて咲季子の中に芽生える冷たい“殺意”。2度と引き返せない道へと踏み込んだ咲季子は、その果てに何を見たのだろうか。
「物語は私にとって救済なんです。私は書くことで過去と決別しましたが、読者の皆さんにも似た状況があれば物語を読んでそのことに気づいたり、相手を“埋めた”気になってスッとして頂けたら嬉しいです(笑)」
フラワーアレンジメント教室の講師、カリスマ主婦として人気を集める咲季子。しかしその「幸せ」な暮らしは、門限は9時、男性と1対1での打ち合わせは絶対に避けるなど、夫・道彦が決めた厳格なルールに従って成り立っていた。年下のデザイナー・堂本との恋を機に、咲季子はようやく酷いモラハラに気づき……。