いつもの角ひとつ曲がっただけで見知らぬ道に――。ページを繰るほど、そんな感覚に魅了される「深泥丘(みどろがおか)奇談」シリーズが、今作をもって3部作完結となった。
「怪談を1篇、という依頼に応えたのが最初で、気がつけば12年も続いていました」と綾辻行人さん。
紅叡山、永安神宮……と京都と似て非なる地名が並ぶ街で暮らし、「新本格推理小説(ミステリ)」を書く作家の〈私〉が体験する奇妙な出来事の数々。とくれば、主人公はやはり綾辻さん自身?
「現実の自分の状況に“でたらめ”を混ぜる書き方なので、作中で執筆している小説が実際の仕事と対応していたりと、僕のクロニクル的な側面もあります。いつか忘れて読み返して、『こんな変なこともあったっけな』なんて自分が真に受けたら困りますね(笑)」
『続々』に収録の9篇でも、インフルエンザ特効薬のせいで不気味な笑い声を聞いたり、夜な夜な何者かにダイエットを邪魔されたり、我が家の中に謎の小部屋を発見したり。〈私〉に降りかかる“でたらめ”は、怪談ともホラーとも分類しようのない奇想に満ちている。
「1冊目の刊行時に内田百間や、漱石の『夢十夜』を連想したという声があって、ならば、と2冊目は〈私〉の夢を軸にしてみたり。文体も工夫しましたね。作を重ねるにつれて舞台の“裏京都”も堅固になり、連作の作法のようなものが出来ていった感があります。ミステリーとの違いで気をつけたのは、種明かしをしすぎないこと。謎は謎のまま、読者の想像に委ねようと」
ぞっとする描写に始まりながら駄洒落のような展開をみせる「死後の夢」など、随所にユーモアや言葉遊びも光る。そして、掉尾を飾る「ねこしずめ」の幻想的なスケールはまさに圧巻。
「核になるイメージは以前から持っていたものの、この1篇で連作終結となるのかどうかは自分でも分からないまま書き進めていた。それが、最後の一文を書き終えた瞬間に『ああ、これで終わったなあ』と納得できた感じで。これまでに経験のない感覚でしたね」
12年書き継いだシリーズを終え、来年はデビュー30周年の節目を迎える。
「若い頃に較べてできなくなったことを考えると嫌になるけど、深泥丘のように年月を経たから到達できた境地もあると思う。30代でも〈綾辻行人〉が主人公の『どんどん橋、落ちた』という作品を書いているので、将来また自分を主人公に書いて、年代ごとに較べてみても面白いかも(笑)」
作家である〈私〉は、京都に似た街で妻と猫と共に暮らす。眩暈や記憶の混濁を覚える度に、眼帯の医師・石倉と包帯の看護師・咲谷のいる深泥丘病院に通うのだが……。ミステリーとホラーの名手が、どちらの枠組みにもとらわれない作風を確立したシリーズの完結篇。祖父江慎による、凝りに凝った独創的装丁も見事。