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経産省若手官僚5人が語り合う「私たちが、あのペーパーで伝えたかったこと」#1

131万ダウンロード 賛否両論を巻き起こした異例の「文書」が生まれるまで

2017/07/03
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もはや「国家ありき」ではない、という結論にたどり着くまで

――このプロジェクトは「富の創造と分配」「セーフティネット」「国際秩序」の3つの分科会に分けて、それぞれ議論を集約したんですよね。この3つのテーマはどうやって設定したんですか?

上田 おそらくシンプルな理由で、経済面で富を大きくすることは考えなければならないし、それと一緒に、富の再分配は国の役割として考える必要がある。それらが国内視点だけで完結する状況ではないから国際秩序のなかに位置づける必要がある。加えて、30人いるから10人ずつくらいに分けたほうが良いだろう、それくらいのことだったと思います。明確な課題設定もなかったから、「このチームって何をすればいいんだっけ?」というところから議論していましたね。

今村 私がいた「富の創造と分配」チームは、とにかくテーマに関係あれば、自分の関心あるものなんでも持ち寄る、みたいな感じでした。

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上田 「関心あるものなんでも」って、オーダーとしてムチャクチャすぎますよね(笑)。

今村 しかも、取りあえず何十枚ものスライド作って、その資料で有識者に意見を聞いてみようっていう進め方でした。

菊池 ゼミみたいな感じでしたよね。

菊池沙織さん(H25入省/28歳 大臣官房総務課 総括係長)

――富と創造と分配チームではほかにどんな議論が?

須賀 ペーパーには残していないのですが「国家とは何か」ということから議論しました。ホンジュラスが特区を作って主権を企業に渡してしまった事例とか、経済学者のミルトン・フリードマンの孫のパトリ・フリードマンがベンチャー投資家のピーター・ティールの出資を受けて公海上に独立国家を作ろうとしている話とか、限界事例を拾ってきて、国家に期待されているものが何なのかを議論したりしていましたね。個人と企業と国家の関係、ですね。知らないことだらけで楽しかったです。

高木 国家としてどう稼ぐかというところから、国として最小限必要な機能を考えていったんですよね。グローバル企業だと、資産価値が日本よりも大きいところもあるから、国が稼ぐという意味も変わらざるをえないだろうと。

須賀 最終的な結論は、もはや「国家ありき」ではないんだろうなというところに行き着きました。誰かから必要とされなければ、国家が富を創造するという概念そのものが消えていくだろうと。

「母子世帯」に社会の縮図が現れていると考えるようになった

――富の創造とセットになるのは「富の再分配」であるセーフティネットだと思いますが、どんな議論をしたんですか?

菊池 この中では、私と上田さんが「セーフティネット」チームだったのですが、若者と高齢者、どっちに重点を置いて勉強すべきかというところで、次官ともかなり議論をしました。

上田 次官は、はじめのほうは高齢者の引退後の生活に強い関心を持たれていたと思います。でも半年くらい議論していたら「たしかに若者も大変だな」と風向きが変わってきて。

 

――高齢者の社会保障を縮小し、母子世帯に再分配すべきだと提言していることについては、かなり反響があったのでは?

上田 そうですね。ここはかなりドキドキしながら盛り込んだ部分です。ただもちろんですが、高齢者を切り捨てろと言っているわけじゃないんです。生き方の選択肢が増えれば、もっと世の中が幸福になるんじゃないかと。終末期の議論は、人生の最後の局面で、自分で選びたい生き方を本当に選べているのかという問題提起なんです。ここで母子家庭の貧困を取り上げることについても、かなり議論がありました。若者の大変さについて考えているのに、なぜ母子家庭だけを取り上げるんだ、という意見もありましたし。ただここに、正規と非正規の格差、新卒採用されたかどうか、離婚したかどうかなどで起こる格差が集約して縮図として現れているんじゃないか、と考えるようになったんです。

須賀 あらゆる属性の貧困率を分析したら、母子家庭と独居老人が突出してたんだよね。

上田 そうですね。そこからなんでこうなっているのかを深掘りしていった結果がこの提言になったんです。

須賀 富の創造チームも、「国家が稼ぐ」という概念が空集合のようなものだと気が付いてから、「意欲と能力のある個人」にフォーカスしていったし、セーフティネットは当然の帰結として分配する対象としての個人に寄っていった。国際チームですら移民の問題や、ISのような国際的な不安定要素にも、国家のレイヤー以前に個人のレイヤーで何かがぐらつき始めているという問題意識にたどり着きました。示し合わせたわけではないんだけれども、半年たってみたら違うところから掘り始めた3チームが似た方向を向いていた、そんな風に感じていました。

高木 そうですね。大きな国家から、個人の話へと。

今村 ふだんの仕事では企業とお付き合いすることが多くて、大企業から中小企業までどうやって稼いでもらうかという視線だけになっているところがあるんですけど、個々人を考えるというのはこれまであまりなかった視点でしたね。

今村啓太さん(H26入省/27歳 商務情報政策局 メディア・コンテンツ課 総括係長)

高木 前半で提示した「秩序ある自由」に至る図解のあたりは、3チームの最大公約数なのかなと思います。組織や規律が保証した一定のルールがなくなってきて、個人をいかにエンパワーするか、そこが政策の主眼であるべきなんじゃないか、という方向です。

上田 ある一定の枠組みからこぼれ落ちた人を元に戻すことを主眼に置くのではなく、いかに今この瞬間の個人を社会的に支えるかというように考えたほうがいいんじゃないか、というのが提言のベースになっています。