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知られざる気象学者を追って、総移動距離3万キロ

―― 日本ではほぼ無名ですが、世界的な功績を残した気象学者・藤田哲也を追った『Mr.トルネード』は、アメリカ各地で取材するという、「密室バラエティ」とはまったく違う大変さがあったと思います。

『Mr.トルネード』では藤田哲也博士を追った ©NHK

佐々木 藤田博士の関係者は皆さん80歳前後と高齢で、田舎で余生を送っている方ばかりだったんです。地球一周は4万キロぐらいですが、今回のロケの総移動距離は約3万キロ。それをたった2週間ぐらいのロケでこなす。航空安全に貢献した人物の取材で、毎日のように飛行機に乗りまくる日々。ですから、『アメリカ横断ウルトラクイズ』以上の、“アメリカ横断縦断ウルトラクイズ”状態でした(笑)。

―― 取材は予定通り、順調だったんですか?

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佐々木 最重要人物のロバート・アビーさんにはなかなか連絡が取れなかったんですけど、ギリギリのところで返事が来て「今、オーストラリアに住んでいる」と。さすがにアメリカから飛んでいくには予算的に厳しくて、でも話を聞かなければ番組は成立しないと思って、ダメ元で「アメリカまで来てくれませんか?」と頼んだら、「フジタのためなら」ってOKしてくれて、わざわざオーストラリアからロサンゼルスまで来てくれました。

―― 日本の関係者にも取材して回っていますよね。やっぱり予算がかけられるテレビならではだな、と思いました。

佐々木 ノンフィクションライターの方に比べると、確かに恵まれていると思います。でも、テレビもまず企画を通すことがとても難しいんです。藤田哲也と言っても、日本ではほとんど知られていないですから。正直言って僕自身も取材を始めるまで、企画書を書いている時点でもあまりよく分からなかったんです。ただ「藤田哲也とは何者か?」という問いがあるだけで……。正直、今までで一番不安な番組取材でした。

『Mr.トルネード』藤田哲也博士の功績をCGも駆使して伝えた ©NHK

―― どういった部分が不安だったんですか?

佐々木 例えば『NHKスペシャル』のような大予算の番組ですと、ロケハンといって、事前リサーチにも行けるんです。でも、僕らの番組はそこまで予算も多くないですし、短期間で作らなきゃいけないという条件なので、ロケハンに行く余裕はなかった。現地へ行っていきなり話を聞くしかない。ですから、アメリカへ行って関係者に話を聞いたら、実は大した人物じゃなくて回顧録で自ら話を盛っていたという可能性もあるかもしれない、という不安がありました。

「青っぱな」のおかげで番組の神様が降りてきた

―― そんなリスクを抱えても、藤田さんを取り上げたのはなぜなんですか?

佐々木 うーん。自分でもよく分からないんですが、藤田博士のことをもっと知りたいという欲求があったんですよね。……頭のいい人なら、先のことを予測するじゃないですか。こういう事態が起こったらこういうリスクがあるって。番組が失敗したら自分の評価が落ちて、二度と打席に立てなくなる、とか。それを僕はあまり考えなかったんです。「まぁ、何とかなるだろう」って。ただ意識してたのは、関係者も高齢で、もしかしたら藤田哲也に関する取材は自分が最後になるかもしれない、と。今回、聞き漏らしたら、もう二度とチャンスはないと思っていました。だから、アメリカの関係者に会った時には必ず相手の目を見て、「本当のことを話してください」と日本語で訴えました。

佐々木さんの新刊『Mr.トルネード』 ©山元茂樹/文藝春秋

―― 日本語で、ですか?

佐々木 ええ。「遥々日本からやって来たからといって、いい話だけを聞かせてほしいとは思っていません。いい話も悪い話も全部正直に聞きたい」と。お話を伺う前に、必ずこの言葉を訳して伝えてもらいました。それがあってか、感極まったり、重要な話になると、コーディネーターではなく、必ず僕の方に向かってしゃべるんです。向こうは英語ですけど。「こいつが知りたくて、わざわざ日本から来てるんだ」とわかってくれたんだと思います。こういうことが取材において重要なことだと、改めて思いましたね。取材者って、自分が本当に知りたがっていることを、正直に相手に示さないといけないんです。

―― アビーさんの最後のコメントは感動的でした。

佐々木 「I miss him(今でも彼のことを思ってます)」ですよね。でも、実はアビーさんがそう言っている時の顔が編集で使えなかったんです。アビーさん、あまりに泣きすぎちゃって青っぱなみたいな液体がダラッと鼻から出てきちゃって(苦笑)。でも、このアクシデントによって、編集で音声は活かしたまま別のカットをつなぐアイデアが生まれて、それがラストシーンになったんですね。作り手としては、こういう偶然が起きる時が一番震えます。番組の神様が降りてきたような感じで……。