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「哲学のない時代は不幸だが、哲学を必要とする時代はもっと不幸だ」――哲学者・國分功一郎インタビュー #2

「哲学のない時代は不幸だが、哲学を必要とする時代はもっと不幸だ」――哲学者・國分功一郎インタビュー #2

「暇と退屈」の哲学者が考える「日本に残された希望」

今、哲学が考えるべき“3つの問題”

――國分さんが考えている、哲学が今考えるべき問題はどんなことですか。

國分 3つあげられます。1つは立憲主義の問題、国家の問題です。近代国家の基本的な枠組みは17世紀に作られました。そして憲法はその国家の大前提としてあった。今はそれを守る、守らないということが議論になっていて、憲法それ自体が希薄化しています。なぜ憲法が必要なのか、国家とは何なのかという基本的な問題に答えなければなりません。

 2つ目は権利の問題、社会の問題です。19世紀に様々な社会問題が前景化して以降、弱い立場の人びとを守るために様々な権利が打ち立てられた。特に労働者を守る権利は多くの人の努力によって勝ち取られたものです。ところが、それが現在、少しずつ突き崩されている。たとえば労働者の派遣を認めていけば貧困が広まることは明らかだったから、戦後は法律でこれを禁止していたわけです。ところがそれを解禁してしまう。そして予想通り、貧困が広まった。

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 そして3つ目は主権の問題です。このところ世界の政治で話題になったのはブレグジット、トランプ、ルペンですけれども、共通しているのは主権の問題です。「民主主義というのは自分たちで自分たちのことを決めることではないのか。でも、どこかで誰かが勝手に俺たちのことを決めているじゃないか。自分たちの手に主権を取り戻そうじゃないか」という主張がこれらの現象の根幹にある。ブレグジットではEU離脱派の中に明らかに差別主義者がいましたし、トランプの暴言やルペンの明らかなレイシズムなどが言語道断であることは言うまでもありません。しかし、それを踏まえた上で、主権を要求する人びとの気持ちにどうすれば応えられるのかを考えないといけない。この要求自体は実に真っ当なものです。これは真摯な問いかけなんです。むしろ主権を求めるこの真摯な問いかけが、トランプやルペンのような人物によってしか表に出てこないことが問題です。この問題は未だ真剣に取り上げられてはいないし、答えも出されていないと思います。

――立憲主義、権利、主権と本当に基本的なところが問い直されているんですね。

國分 そうです。歴史的に言うと17世紀と19世紀が基本的な参照点になります。哲学はこれに答えなければならない。

今の時代に必要なこと――“徳”と“勇気”

――まさに今はネットの時代ですが、こういう時代に必要なことって何だと思いますか。

國分 順序立てた議論、組み立てられた議論を出来るようになることが必要だと思います。ネットによって嘘の情報が物凄いスピードで出回るようになっていますね。また、Twitterの影響もあり、発言の1行を切り取って批判される時代です。これでは議論にならない。僕自身もネットに発信するのはうんざりしているところがあります。だからといって止めはしませんが、テレビの方が一定の尺の中で順序立てて話すことが出来るのでずっとよいです。そしてもちろん、組み立てられた議論が展開できるのは本です。でも、本もテレビもネットに押されている。それとも関連しているんですが、最近は「徳」とか「勇気」について考えていまして。

 

――徳と勇気ですか。

國分 今の時代に必要なのはこの2つかもしれないって本気で考えています。ネットって、以前であれば口にするのはおろか、考えることすら憚られていたようなことが、これでもかというほど垂れ流されている。そこで何が失われているかというと、こういうことはしてはいけないし、こういうことをしなければならないと教えてくれる徳ではないか。そして、徳を実行するには時に勇気がいります。勇気というのは危険な状況に敢えて身を置くとかそういうことではありません。誰もしていなくても、おかしいと思ったら、おかしいと言う。間違っていることを目にしたら、間違っていると声を上げる。それが勇気です。古代ギリシアには「パレーシア」という言葉がありました。これは思っていることを素直に口にするという意味なんですが、今はパレーシアが本当に行われなくなっている。義の心と言ってもいいのですが、勇気を伴う実践の必要性を訴えたいと思っています。

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