哲学する訓練は、仕事をする上で役に立たないわけがない
――近年は文系学部廃止論も盛んですが、國分さんはどう思っていますか。
國分 これはね、本当に言いたいことが沢山ある(笑)。愚かな話ですね。文科省が文系学部廃止の方針を打ち出したというニュースは海外で非常によく知られていて、海外にいくと「あれは本当か?」とよく聞かれます。日本人は全然自覚していないんですが、それだけインパクトのあるニュースだったということです。哲学を教えていていつも思いますけれど、難しいテキストを読んで、骨子をパッと理解して、そこで使われている概念を使いながら話をしたり文章を書いたりする訓練が、いわゆる仕事をする上で役に立たないわけないんですね。なぜそんなことも分からないのか。
あと、なるほどと思ったたとえ話を聞いたんですが、経済的に困っている家庭が、子どもに十分な教育をしないで働きに出したら、確かにその時点では経済的には助かるでしょう。でも、最終的には子どもたちは困ることになります。いま国家がやろうとしているのはそういうことでしょう。要するにこの問題は、皆が短期的な視点でしか物事を考えられなくなっていることの証拠なのでしょう。
――海外でかなり知られた話とのことですが、海外のエリート層は教養が豊かだとよく言われていますよね。
國分 たとえば、僕が最初の留学の時にお世話になった方は医者でしたが、ギリシア語がすらすら口から出てきたし、デカルトの神の存在証明についても話をすることができましたね。文系は役に立たないなんて言っている国はすぐに落ち込んでいくでしょうね。
国が駄目になっていく時って、意地悪な人が増える
――悲観的にならざるをえないですね……
國分 国が駄目になっていく時って、経済が落ち込んで格差が広まるというのも問題なんですが、人の心も荒廃していくんですね。イヤな感じの人が増える。ドゥルーズもそういうのを体験したと言ってました。貧すれば鈍するというか、不親切だったり、意地悪な人が増える。そういうのが本当にイヤですね。
――そんな中、哲学をかじる人が増えると何か希望が……
國分 僕の唯一の希望は若い人たちですね。大学で授業をしていると分かるんですが、今の学生たちも、理解したいというものすごく強い気持ちをもっている。理解する喜びはみんな知っているんです。ただそれに答えてくれる大人がいないだけです。今の学生を批判する声はいろいろあるけれども、悪いのは供給側です。だから、上の世代がとにかくとことん頑張らなければならない。悲しいですけど、世代交代でしか社会は変わらないような気もしますし、だからこそ、若い人たちの訴えに答えたい。それが僕の仕事だと思っています。
写真=榎本麻美/文藝春秋
こくぶん・こういちろう/1974年、千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。現在、高崎経済大学准教授。主な著書に『スピノザの方法』、『暇と退屈の倫理学』『来るべき民主主義』などがある。今年3月には『中動態の世界 意志と責任の考古学』を出版。