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「人のためにサッカーをしても無意味」酒井高徳がドイツで味わった“ショックな出来事”

ヴィッセル神戸・酒井高徳インタビュー #1

2020/02/23
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ドイツで起きた「想像してなかった出来事」とは?

――一度帰国の可能性が脳裏にちらつくと、「帰国したくなってしまう」という話を元海外組から聞いたことがあります。

「まあHSVに残って(契約期間を全うして、20年夏に)移籍金の発生しない状態で次を探すこともできたんですよ。でも、家族が日本にいるのにハンブルクで1人でもう1シーズンやるのはちょっとしんどいなと。しかも、20年夏にはもう29歳なんです。自分としては、Jリーグには動ける間に、30歳くらいまでには戻りたかったんです。チームに貢献できる状態で帰りたかった。20歳でドイツに渡る前、新潟ではなにも残せなかったので、ちゃんとプレーできる状態での帰国というのは決断の理由になりました」

 18/19シーズンに昇格を逃すと、HSVの一部のコアサポーターから酒井は“戦犯”のような扱いを受けた。最終節ではひどいブーイングが酒井にだけ浴びせられた。19/20シーズンに入るためにチームが始動し、練習に酒井の姿が認められると、再び彼らは暴走。SNSは荒れに荒れ、クラブは酒井をかばう公式の声明を出す異例の事態にまで至った。いくらプレーにフォーカスするのが選手の仕事だといっても精神的な衝撃は大きく、帰国を決断するに至った一因であることは想像に難くない。冒頭の発言にある「想像してなかった出来事」とは、このことである。

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ハンブルガーSVでの酒井 ©AFLO

「人のために何かをするのって、無意味なんじゃないかなと」

――天皇杯決勝前日(19年12月31日)、「ドイツでは失っていたものを神戸で見つけた」と話していました。それはどのようなもの、感覚だったのですか?

「HSVにいた頃は、何事もチームを最優先に考えていました。でも、最後の18/19シーズンはHSVという歴史あるクラブにとって初めての2部で、絶対に優勝と昇格をしなきゃいけない、とハードルが常に高かった。結果的に、僕らは後半戦に失速して優勝も1部昇格も逃したんです。それは僕らチームの責任でもあり、現実的な実力だと思っていたのですが、俺ひとりがファンから非難されました。確かに、そのシーズンの後半戦、俺のパフォーマンスもすごく悪かった。前半戦はすごく良かったのですが、だからこそ後半戦の失速具合が目立って非難したくなったんだとは思います。

 でも、次の19/20シーズン前にもやっぱりそういうこと(酒井をやりだまにあげ、SNSで炎上)が起きたので、単純に必要とされてないのかなと。振りかえれば、17/18シーズンが終わって2部に降格したのに移籍せず残留したのもチームのためだったし、その前の14位に終わった16/17シーズン、残留をかけた戦いもチームのために頑張った。HSVにいた4シーズン、常にチームのためを思ってやってきたのに、こういう終わり方するのかと。人のために何かをするのって、無意味なんじゃないかなと。誰かのため何かをするのは、少なくともサッカー選手という職業においては無意味なんだなと思うに至りました」

 

――それくらいショックだったのですね。

「っていうことですね。何年在籍したとかどれくらい貢献したとか、関係ないんだって。もちろんファン全員がそう考えているわけではないとわかっているんですけど。16/17シーズンの時は誰もやらないキャプテンも引き受けて、その時は『お前がキャプテンで良かった』『お前が今までで一番良いキャプテンだ』とファンや街の人たちも言ってくれていたのに。ブーイングや炎上でその4シーズンを一気に踏み潰されたように思い、もう人のためにサッカーをするのはやめよう、(欧州に残るとしても)HSVには絶対に残らないと決めました」