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「稼いではほしいけど、自分より売れてほしくない」

 八郎は、妻が自分と同じ「陶芸」という土俵に上がってくることを嫌い、喜美子を土俵の上から蹴落としにいっている。2019年に上野千鶴子先生が東大入学式の祝辞で引用したマララさんのお父さん的に言えば、彼女の翼を折りにいったのだ。「これまでも、これからも」という言葉は特に絶望的で、がっくりくる。

 家計が助かるから稼いではほしいけど、自分より売れてほしくない。有名になってほしくない。嫁に才能があってもらっては困る……。この問題は、同業者夫婦ならいつ同じようなことが勃発してもおかしくない。だからこそ毎朝、夫婦の間に緊張が走るのだ。

東出昌大。結婚当初“格差婚”と言われたことも ©文藝春秋

 実際、あるデザイナー夫婦は嫁が売れだした途端に夫がすねはじめ、「君がやっているのは商業で、俺は違う」と、突如アート系に転身。フィールドを変えることで夫としてのメンツを保っているという。

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妻が“穴窯”を見つけた時、夫は……

 では我が家の場合。

 夫は10歳上で、ライター歴も私より長い。10年以上前、私が出版社勤務の編集者としてはじめて会った時にはすでに映画という専門ジャンルで評論などを書いていた。そしてまもなく結婚。私もフリーランスのライターとして活動を始めた。

 ここまでは、陶芸の先輩として八郎の仕事ぶりや人柄に惹かれ、恋仲になり、自身も陶芸家としての道を進んでいく喜美子の歩みとほぼ同じだ。

 さらに先ほどのデザイナー夫婦の話でいうと、夫には映画という専門分野があるが、私には胸を張れるほど得意なものがなにもない。たとえ映画のことを書いたとしても、『ワイルド・スピード』が好きな彼と『プラダを着た悪魔』を好む私ではジャンルがまったく違うので、かぶることもない。

©iStock.com

 そんなフィールドの違いと、互いに売れないライターであるがゆえ、特に喧嘩することもなかった我が家だが、最近、私が「穴窯」を発見してしまったのだ。

 喜美子が自身の代名詞となる作品を生み出すことに成功したのは、手のかかる穴窯での制作を曲げなかったからである。何が何でも自分の陶芸をやるんだという信念の現れが、穴窯なのだ。