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2020/02/12

source : 週刊文春デジタル

genre : エンタメ, スポーツ, 社会

中学生チームで掴んだ「常勝軍団への礎」

 あまり知られていない逸話であるが、ヤクルトの監督に就任する直前、野球解説者を務めていた野村氏は、沙知代夫人がオーナーを務めた中学硬式野球「港東ムース」の監督を任されたことがあった。そのチームに克則氏も所属し、野村氏は1年間だけ、息子を直接指導した。チーム発足からわずか半年あまりで全国大会ベスト16に入り、「4番・ファースト」だった克則氏は、シニアリーグの日本代表にも選出された。野村氏にとっては後にヤクルトを率いて常勝軍団を築く、礎となる経験だったという。

「少年を指導することで野球を見直すことができた。監督が代わることで、チームが変わることを実感した。相手は子どもで、監督への信頼は100%。『監督の言うとおりにやっていれば間違いない』と信じ切る。監督は監督で、『間違ったことは教えられない』と責任を負う。少年野球は野球の原点であり、プロも少年野球の延長と考えるようになった」

野村克也氏と沙知代夫人(2005年7月) ©AFLO

 堀越高校、明治大学と進んだ克則氏は96年、野村氏が指揮して7年目を迎えていたヤクルトに入団する。息子の成長を喜ぶ一方で、野球人・野村克也の目からは息子がプロ野球の世界で大成するとは思えなかった。

「やっぱりね、息子が自分のチームにいるのはやりにくかった。周囲の目が、口が、どうしても気になるから。誰もが認める実力者なら文句はないが、捕手としては肩が弱いという致命的欠点が克則にはあった」

 克則氏を優遇すれば、他の選手に反発が起こることは火を見るよりも明らかだった。だからこそ、同じ球団に所属する家族なのに、会話は少なかった。