1ページ目から読む
2/3ページ目

守りに入らず攻め続ける日本経済にあるべき精神性とは 

 人口減少で生産効率の拡大が叫ばれるものの、教育投資は積み上げられず、逆に隣の大国中国の台頭で日米同盟を守りながらアジアでどうやっていくのかという守りの姿勢を求められる日本ですが、そういう「日本の良いものを守る」一方で「守るために改革する」という精神が大事であることは言うまでもありません。

©松園多聞/文藝春秋

 そのようなパ・リーグ感の強い伝統を考えるにあたっては、やはり初芝清のサード守備を参考にしなければならないでしょう。初芝の凄さというのは、一言で言えば「サードの守りについているのにサードを守っているように見えない」ことに尽きます。

 例えば、片岡篤史がライン際に強いサードゴロを放ちます。普通のサードであれば、とにかく逆シングルでボールを取りに行くところ、初芝ほど偉大な選手になると眼鏡の奥の眼球だけがボールを追い、その太やかな身体は一歩も動くことはありません。守備に就いていながら、守る意思を感じさせないというブレークスルー的転換を果たし、悠然とボールはサードキャンバスを通過しレフト方向へと転がっていきます。見送る初芝。ボールを必死で追う大村。これこそ「内野手は内野を守っている」という悪しき先入観がいつしか固定観念となり、起きるべき改革を阻害しているという事例に他ならず、まさに初芝はサード守備における改革者だったといっても過言ではないでしょう。

ADVERTISEMENT

 さらには、三遊間に転がりゆく打球、初芝が手を伸ばせばなんでもないサードゴロで終わるはずが、動かない初芝。レフトへ抜けていくと思われたギリギリのところで捕球する小坂、そこからノーステップスローで一塁アウトのファインプレー。この一部始終を腕組みしながらじっと眺めて、アウトの瞬間グラブをポンポンと右手で叩き、一仕事終えたような表情でダッシュでベンチに帰る初芝の姿を見て、涙したパ・リーグファンは多かったでしょう。ただのサードゴロを敢えて見送ってショートの名手・小坂に捌かせ、球場全体が小坂の凄いプレーに沸き立つというエンターテイメント性を発明したのは初芝なのです。そこには一片の「デブ、お前が捕れよ」という野次も出ず、惜しみない小坂への拍手へと流れるのは、初芝の深い慈悲の心、すなわち手柄を部下に渡すことでロッテが、球場が、ひいてはパ・リーグすべてがリスペクトされるという帝王学を実践しているからなのです。

©時事通信社

 初芝の現役晩年は、サードを若手のホープ今江や外国人のフェルナンデスやリック・ショートに譲って、指名打者の場面もありました。っていうかリック・ショート、守備めちゃ上手かった。ロッテのスプリングキャンプで初芝が腕組みをしながら今江の特守を見守り、謎の微笑みと挑発的な頷きをしていたのが印象的です。このあたりで、パ・リーグの精神を引き継ぐ、後継者の育成に心を切り替えた初芝の先見の明が垣間見えます。

 ロッテらしさ、パ・リーグの良さを繋いで行ける人材の育成こそが大事であり、なぜかCSのキャンプ放送で初芝がインタビューに答え「僕は守備には一家言ある」と言い放ち、ロッテファンのみならずパ・リーグファン全体に物議を醸しました。本来なら「何言ってるんだこいつ」と思われるところが、初芝なら仕方がないかと全力で容認されるところに初芝の初芝たる神々しい存在感の一端があります。「集中して練習できる環境が大事だ」と力説していた初芝ですが、その若かりし頃、守備練習中にボールが捕れなくて寝転がっているところに別の打球が飛んできてケツに命中し悶絶している姿を目撃されていました。さらに練習メニューで「デブは二倍」と練習量を増やされながらもチームの中心人物として愛されてきた初芝。そんな初芝ですが、現役通算で見ると地味に守備得点がわずかにプラスで、正面に飛んできたゴロは的確に捌いてきたプレイヤーであることが分かります。データ的には小谷野や今岡よりサードがうまかったんだよ。やればできる男、初芝清の真骨頂であります。