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新浪剛史の教え#9「AIとリベラルアーツ」

私はこう考える――新浪流・乱世を生き残るための教科書

2017/08/10
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特別な人を目指さない

 もっと言えば、大学を卒業して就職した後に、アメリカのように大学院に入って専門的な勉強をすればいい。そういうことができる社会に変わっていけばいいんです。要は、しっかりリベラルアーツを磨くということが大学の役割だと考えています。そうしたリベラルアーツがあるからこそ、いいお医者さんにもなれるのです。

 ですから、AIが進めば進むほど、リベラルアーツが重要になってくると思います。科学をやりながら歴史を学ぶ、音楽を学ぶ。アメリカの理系の名門大学であるマサチューセッツ工科大学(MIT)の学生を見ていたら、音楽に触れながら科学もやるような学生がたくさんいます。一見、音楽と科学は、違う世界に見えるかもしれませんが、科学は人間と向き合ってこそ、進化できるものです。だからこそ、科学者が人間力を磨いていかなければ、世の中に役立つテクノロジーも生まれないのです。

 イノベーションを起こす人の中には、本当に個性的な人がいます。スティーブ・ジョブズなんて、その最たるものでしょう。そういう突出した人たちを目指すというのは異例中の異例のこと。むしろ、そんな特別な人を目指すよりも、私たちは、もっと社会に役立つ人間になればいいんです。逆に言えば、ジョブズも社会のことを考えている人たちにうまく使われてきたんです。ジョブズのような天才児をどう社会に活かすのか。そう考えて面白いことをやろうとしてやった。だから、社会を変えられたんです。私の知っているジョブズの部下も非常にヒューマンな人だったし、そういう人がいなかったら、社会を変えられなかったと思います。

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ジョブズを支えた日本人

 天才がビジネスや社会性のある器をつくっていくというのは、周りに社会との接点をしっかり持った人がいないとできないことです。実際、私の知っているジョブズの部下は、すごく人間味のある沖縄出身の日本人でした。ポリティカルサイエンスが専攻で、ジョブズが禅や日本を好きになったのは、彼の影響なんです。

 彼はとにかく表舞台には出ないでジョブズを支え続けた人でした。ジョブズがアップルをクビになったときも、行動を共にして自分は表に決して出ないという人だった。

 そんな人間を見て感じるのは、マチュリティ(成熟度)の深さなんです。やはりこういう人がいるからこそ、できる。決して一人で事を成すことはできないんです。自分が能力を高めていくことも大事ですが、周りの人をいかに使っていくのか。それは人間性にも関わってくるのです。自分に能力があると思ったら大間違いです。能力があって、仕事ができる人に、その気になってやってもらうことが大事なのです。

サントリー天然水 南アルプス白州工場にて

ベンチャーキャピタルをつくればいい

 ハーバードビジネススクールでも、自分より優秀な人間はたくさんいました。でも、できる人の中には、どこか人を引っぱる上での弱点がある人がいます。そんな人に組織運営はできません。しかし、持っている能力はすごい。だからこそ、「あなたの能力をうまく使いましょう」と演出する人がいないと、彼らは活かされないんです。

 自分にはできないから、できる人を活用する。この人と競争しても、この世界では絶対勝てない。そういう人たちを活用して、ベンチャーをつくればいいんです。結局、私が言っている役割とは、ベンチャーキャピタルのようなものなんです。お金を出して、人脈を紹介し、経営をサポートし、うまくセットアップしていくのがベンチャーキャピタルです。

「この人はすごい」と思う人をうまく使っていく。でも、アメリカにはものすごくできるうえに、使う人にもなれる人がいます。そんな人たちとは仲良くするしかない。それは日本なら1000万人のうち1人いるかどうかといった人材なのです。私たちにはそれは叶いません。だからこそ、できる人を活用することが大切なのです。

聞き手:國貞 文隆(ジャーナリスト)

新浪 剛史 サントリーホールディングス株式会社代表取締役社長

1959年横浜市生まれ。81年三菱商事入社。91年ハーバード大学経営大学院修了(MBA取得)。95年ソデックスコーポレーション(現LEOC)代表取締役。2000年ローソンプロジェクト統括室長兼外食事業室長。02年ローソン代表取締役社長。14年よりサントリーホールディングス株式会社代表取締役社長。

新浪剛史の教え#9「AIとリベラルアーツ」

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