「市民の健康を守る」という概念ではない
朝鮮中央通信は2月16日、金正恩氏が父・金正日総書記の遺体が安置された錦繡山太陽宮殿を参拝したと伝えたが、同行した幹部の数は例年にくらべて大幅に減っていた。さらに2月29日には、金正恩氏が朝鮮人民軍の演習を現地指導する様子の写真を配信したが、正恩氏の背後に立つ軍人たちは皆マスク姿だった。
おそらく、ロシアなどが支援した検査キットも金正恩氏と高級幹部らの感染の有無を確認するためだけに使われるのだろう。
北朝鮮にとっての公衆衛生や保健、医療の概念は、世界の人々が考えるそれとは大きく異なる。北朝鮮の「ウリ式社会主義保健制度」は、広く社会全体が協力して市民の健康を守るという概念ではなく、最高指導者の健康を守ることが目的なのだ。北朝鮮が発表する「感染者」の母数は、全国民ではない。「最高指導者及び最高指導者と接触する可能性がある人々」という意味だ。今のところ、こうした人々には感染者が出ていないという意味だろう。
北朝鮮が感染症の実態について正直に明かす日
一方、北朝鮮が検査キットの提供をロシアなどに要請したという事実は興味深い。別の関係筋によれば、北朝鮮は現在、追加の検体増幅装備を購入する意思を示している。実際、米国のラジオ・フリー・アジア(RFA)が2月28日付で伝えたところによれば、国連は2月27日、世界保健機構(WHO)に対し、制裁の例外として遺伝子増幅検査装備6台などを北朝鮮に緊急支援することを認めたという。それだけ、新型コロナウイルスの感染を深刻に受け止めているのだ。
北朝鮮が感染症の実態について正直に明かすかどうかは、海外からの支援を受ける考えがあるかどうかによって異なる。北朝鮮関係筋は「状況が何も改善しないのに、正直に実態を明かしても意味がない」と語る。
北朝鮮は過去、2002年に流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)、2015年に韓国で流行したMERS(中東呼吸器症候群)の際、感染者の実態について公表しなかった。ただ、韓国政府はSARSの流行時には、北朝鮮でも数百人が感染したという未確認情報も入手していた。おそらく、北朝鮮は当時、感染症の流行を独自に抑え込めると判断していたのだろう。
だが、北朝鮮が新型コロナウイルス問題で取っている国内措置や、海外に検査キットや検体増幅機器を求めようとする姿勢を見る限り、自分たちだけで問題を解決する自信はないようだ。
海外からの支援を求めるため、北朝鮮が新型コロナウイルスの感染者数を突然、公表する日はそう遠くないかもしれない。