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「ママー助けて、お願いママ」何度も助けを求めた心愛さん 証人出廷の母親が娘の死後にみせた異常な表情

千葉小4虐待死公判

2020/03/01

source : 週刊文春デジタル

genre : ニュース, 社会

 千葉県野田市で小学4年生だった栗原心愛(みあ)さん(当時10)が虐待死したとされる事件。傷害致死罪などで起訴されている父親の勇一郎被告(42)に対する裁判員裁判が千葉地裁で開かれている。その中で、2月26、27日、心愛さんの母親(33)も証人として出廷し、証言した。

亡くなった栗原心愛さん

 母親は昨年6月、勇一郎被告の虐待を制止しなかったとして、傷害幇助罪で懲役2年6月、保護観察付き執行猶予5年の有罪判決が言い渡され、確定している。これまで、母親は勇一郎被告からのDV(ドメスティック・バイオレンス)を受け、やむを得ず心愛さんを助けられなかったとされてきたが、今回の裁判で母親も虐待に加担する様子が明るみに出た。

死亡3週間前の動画で「あんたに振り回されて、なんにもできない」

 裁判では、勇一郎被告が撮影したとみられる心愛さんを虐待する動画が証拠として提出され、裁判員に示された。そのひとつは心愛さんが亡くなる約3週間前の昨年1月5日に撮影された動画。自宅リビングで心愛さんが両親の前で「ごめんなさい、ごめんなさい」と泣いている。

「いいかげんにして。『立って』って言ってんだけど。座ってくださいとは言ってないよね。私もパーパ(勇一郎被告)もやることあるんだけど。あんたに振り回されて、なんにもできないし、どこにも出かけられない」

 勇一郎被告とともに心愛さんを厳しく責めているのは母親だった。心愛さんは両親に土下座をさせられた。

栗原勇一郎被告

 母親は沖縄県出身。勇一郎被告とは2度結婚している。県内で就職し、同じ職場の勇一郎被告と交際し2008年2月22日に結婚。9月22日、心愛さんを出産したが、間もなく産後うつになって実家に戻った。被告とはそのまま別居状態が続き、心愛さんが3歳になった11年10月27日に離婚が成立。だが、16年7月ごろに母親から勇一郎被告に連絡を取り、再び交際。初めの結婚記念日と同じ19年2月22日に再婚した。次女の妊娠はすでに判明しており、6月15日に出産。現在は離婚協議中という。