「もしあなたが今、このうえなく大切な何かを失って、暗闇のなかにいるとしたら、この本をおすすめしたい――」解説にある俵万智さんの言葉です。
宮沢賢治、須賀敦子、神谷美恵子、原民喜らの、死者や哀しみや孤独について書かれた文章を読み解いた26編が『悲しみの秘義』(文春文庫)にまとまりました。第1編「悲しみの秘義」を公開します。
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深い悲しみのなか、勇気をふりしぼって生きているとき
涙は、必ずしも頰を伝うとは限らない。悲しみが極まったとき、涙は涸れることがある。深い悲しみのなか、勇気をふりしぼって生きている人は皆、見えない涙が胸を流れることを知っている。
悲しみを生きている人は、どんな場所にもいる。年が改まり、世がそれを寿ぐなかでも独り、悲しむ人はいる。この悲しみには底があるのか、と思われるほど深い悲嘆にくれる日々を過ごす人もいるに違いない。
かつて日本人は、「かなし」を、「悲し」とだけでなく、「愛し」あるいは「美し」とすら書いて「かなし」と読んだ。悲しみにはいつも、愛しむ心が生きていて、そこには美としか呼ぶことができない何かが宿っているというのである。ここでの美は、華美や華麗、豪奢とはまったく関係がない。苦境にあっても、日々を懸命に生きる者が放つ、あの光のようなものに他ならない。