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東アジアの人件費上昇は消費を活発化させる

 東アジアといえば、日本以外は韓国、北朝鮮、中国、台湾ということになるのですが、ここで視点を南に向けてみると、また異なるアジアの姿が見えてきます。それは、日本をアジアのお手本として見て、日本に追いつこうと努力する東南アジア諸国の姿です。日本の近隣国家はときに「反日カード」を切りますが、南に行くと、親日国家が並びます。

 ベトナムは、いま1960年代の日本の段階にまで経済成長してきました。多くのベトナム人にとって日本は憧れの国。日本に出稼ぎに行こうと意欲を燃やしている若者が大勢います。

 しかし、そのベトナムも人件費が上昇しています。中国の人件費の安さに惹かれて中国に進出した日本企業は、中国の人件費高騰に頭を痛め、ベトナムへと工場を移転してきましたが、さらにカンボジアやミャンマー、バングラデシュへと工場を進出させています。

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 日本の企業が多数進出することで、地元では多くの雇用が生まれますが、日本の工場で働くことができる能力を持った若者は限られます。次第に人件費が上昇するというわけです。

 進出する日本企業にとっては不都合なことでしょうが、こうした新興国でも高額所得者が誕生し、豊かな中間層が増えることで、消費が活発化。日本商品が一層売れるようになります。

夢と希望の象徴だった東京オリンピック

 さらに憧れの日本に旅行に来る人も激増しています。

 最近は日本国内の観光地で、中国人以外のアジア人の姿を見かけるようになりました。髪にスカーフを巻いたイスラム教徒の女性の姿をも見ます。インドネシアやマレーシアからも観光客が増えてきたのです。

 この姿を見ると、やはり1960年代の日本を髣髴とさせます。かつての日本は決して豊かではありませんでした。しかし、きょう一生懸命働けば、明日はきっと豊かになる。右肩上がりの経済の中で、人々は夢と希望を持って働いたのです。

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 その象徴が1964年の東京オリンピックでした。新幹線や高速道路が整備され、日本の産業のためのインフラができたことで、日本経済は飛躍的に成長しました。オリンピックがいわば跳躍台となったのです。