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「競技ダンス」何がおもしろいの? 「大事なことは全てダンスに教わった」という小説家の主張

2020/03/18
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 世間ではあまり知られていないかもしれないが、実は日本は「社交ダンス大国」である。街を歩けばダンス教室、映画も漫画もヒット作品が目白押し。「金スマ」でのキンタロー・ロペス組の快進撃を覚えている人も多いだろう。社交ダンスの中でも、心技体を磨き上げ、審査員の前でその優劣を競うのが競技ダンス。ダンサーたちは脇の下の筋肉を鍛えてライバルを優雅に蹴散らし、光速スピンで肉体の限界を軽やかに超える。『最後の秘境 東京藝大』(新潮文庫)の著者・二宮敦人氏が次なる探検先に選んだのは、大学の体育会という異世界。『紳士と淑女のコロシアム 「競技ダンス」へようこそ』(新潮社)のイントロダクションを全文公開する。

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 これまで黙っていたが、僕は踊れる小説家である。

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 ワルツ、タンゴ、何でも来い。レストランで流れている音楽がサンバなのかルンバなのかすぐにわかるし、その気になれば何小節目が演奏されているのかも当てられる。鏡に自分の姿が映ると、前後左右のバランスが気になってしまう。何ならその場でしゅっと一回転。周りの目? 綺麗に回れていれば、別に気にならない。失敗すると、恥ずかしいが。

 僕が社交ダンスに出会ったのは、大学の時。競技ダンス部に勧誘されてからだ。ダンスの魅力はいろいろあるのだけれど。

「一番は、女にさわれる」

 そう言い切った先輩の澄んだ目を、僕は忘れない。

 手を繋ぐのは当たり前。両手を絡ませたり、場合によっては腰をがっつり掴んだり、半身がぴったり重なったり、太ももと太ももが擦れあったりする。その上、男女比がはっきり偏っていて、男の3倍は女性がいる。男というだけでちやほやされるのだ! だから、異性との出会いが目的で入ってくる輩が、後を絶たない。

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人間の肉体は、もの凄い可能性を秘めているらしい

 なんという不純な部活! と思いきや、煩悩は意外にあっさり消えてしまう。なぜならダンスが面白いからである。音楽に乗って二人でふらふら歩くだけなのだが、これが授業をサボって留年するくらいには楽しい。

 思いっきり床を蹴って、一人でスピンしてみる。くるくるくる。うん、こんなものか。じゃあ次は二人で音楽に乗って、スピン。すると……えっ、嘘だろ。ほんの僅かな力で、ずっと回っていられる。それも怖くなるくらい速い。ギュン、ギュンと風を切る音が聞こえる。

 人間の肉体は、もの凄い可能性を秘めているらしい。正しいやり方を学ぶと、一歩が驚くほど大きくなる。練習場の端から端まで、たったの3歩。信じられないくらい速く動けるし、強く立てる。「一回だけ見本をやってやる」と、プロダンサーのおじいちゃんが僕に披露したジグザグのステップ。さながら雷のごとく、目にも留まらない。「俺は立ったまま動かないから、力一杯押してみろ」と彼に言われ、僕は必死に押し倒そうとする。びくともしない。あの時、忍者は存在するのだと知った。