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2020/03/15

source : 週刊文春デジタル

genre : エンタメ, 芸能, 読書, ライフスタイル

セックスは「心の止まり木」だと思う

――作中では、昔の女友達とセックスする富雄の内面が次のように語られます。〈生産性のない、無意味で放漫なセックスであるのかもしれない。しかし、それがなんだというのだろうか。(略)魂と肉体がゆすぶられ、一人では達することのできない快感の波が襲った時に、まだ確実に残っている男としての性を実感した〉。どのような思いを込めましたか。

紗倉 セックスって、私は「心の止まり木」みたいなものだと思っているんです。出産や妊娠を目的にするだけでなく、男性も女性も癒しを求めてすることだってある。それは、新しい世界や価値観に触れるための長い航海をする前に、一度思考を整理したり元気をもらったりするための足場であり、憩いの時間。「軽く見ている!」って言われてしまうかもしれませんが、私はセックスを重くも軽くもなく、前向きにとらえています。相手がいることだからこそ自分一人だけでは絶対に解消できない何かがある。そこに行きつけたら、奇跡に近いことだなって。

©文藝春秋

――もう一つの収録作「ははばなれ」では、紗倉さんと同世代の娘の目から、母親とその恋人だという男の姿がつづられています。母親という、いわば社会的に押し付けられた役割からの解放が描かれる点は「春、死なん」と共通するものを感じます。

紗倉 私のなかでも自分の母親には自由に生きてほしいと願いつつも、従来の母親像を崩してほしくないという気持ちがどこかにあるような気がして、そんな矛盾による葛藤がいまだにあります。

 誰しもが社会や家族のなかで、立ち位置だったり役割分担を自然と強いられてしまっていると思うんです。母はよき母親としての理想像を求められて、祖父は「清く正しいおじいちゃん像」を孫から求められる。それは当たり前のようだけど、時にすごく窮屈に感じる瞬間でもあると思うんです。そうした役割、理想像からの解放を意識して書きました。

――「自由」や「解放」というのは、紗倉さんの表現活動を貫くキーワードのような気がします。著書『高専生だった私が出会った世界でたった一つの天職』(宝島社)に、「憧れだったAV女優という仕事をすることで自分自身と向き合い、殻を破りたかった」と書かれていますよね。AV女優になって、「殻」は破れましたか?

紗倉 業界のムードにもまれたのが良かったと思います。私が所属するSOD(ソフト・オン・デマンド)はハチャメチャなことをするアダルトメーカーで(笑)。自分なりの模範解答を演じてみせても「枠にはまりすぎてつまんない」「もっと自分を出せばいいのに」と煽られる。逆に「こんなに感情的になっちゃった!」と自分で後悔したような絡みのシーンが一番ほめられたりする。

©文藝春秋

 私が思う理想の自分と、みんなが思う私のいい姿は乖離している。それをすごく感じました。そもそも自分は裸になって体はすべてむき出しにしている。それなのに心をむき出しにできないのって、なんか格好悪いなって思えるようになったんです。これは自分が望んだ変化でした。

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