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「ここはロシアですよ」ヤバい街を取材していたら警察に逮捕されそうになった話

『ハイパーハードボイルドグルメリポート』より #1

2020/03/19
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「ヤバい世界のヤバい奴らは何食ってんだ!?」

 テレ東深夜の単発番組としてスタートしながら、“他じゃ絶対にありえない”その内容で視聴者に衝撃を生んだ人気番組『ハイパーハードボイルドグルメリポート』。人食い少年兵、マフィア、カルト集団……数多の危険と困難を乗り越えた先の取材で、「食」を通じて描かれる世界のリアルとはなにか――。

 番組制作の全過程を担う上出遼平氏が、未公開エピソードや危険すぎる取材の裏側をまとめた著書『ハイパーハードボイルドグルメリポート』から、ロシアで取材中の上出氏を襲った“怖すぎる事件”について、一部を抜粋して紹介する。

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◆◆◆

「ウラジオストクの、一番ヤバい場所に行きたいんです」

 北朝鮮レストランを後にした僕は運転するイリヤに聞いた。

「ウラジオストクの治安はどうなんですか?」

「あんまりよくない」と彼は答える。

「人殺し、麻薬、密貿易……港! 港だから。悪い奴らが集まる所だから。全ロシアから。何かあっても犯人全然捕まらない」

 この街では強盗や略奪、窃盗事件などの3件に2件が未解決のままだと言われる。

「この街の人は真面目じゃない。ハバロフスク(極東ロシアの都市)とは全然違う」

「そんなウラジオストクの、一番ヤバい場所に行きたいんです」

 ハハーッハッハッハ! イリヤはおもちゃの笑い袋みたいな笑い方をする。

「何箇所か目ぼしい場所はあります。では今から一箇所目に向かいましょう」

 ケラケラと笑いながらイリヤはアクセルを強く踏んだ。

ロシアのウラジオストク ©AFLO

 ウラジオストクの中心街から1時間ほど走っただろうか。アップダウンの激しい海岸沿いの道を抜けたところで、車は歩くのと同じくらいにまで速度を落とした。

「ここはウラジオストクのスラム」イリヤは過剰なひそひそ声で言った。車を降りる前に一度様子を見ようと、そのエリアをゆっくり車で回ることにした。

真っ黒いドブ川に、一斉に吠え出す犬たち

 舗装されていない土の道の両脇に、金網や木製の柵で囲われた家がポツポツと並んでいる。道と家との間には幅1メートルほどの真っ黒いドブ川が流れ、各家の入り口にだけ心もとない橋が架けられている。それは脚立を倒しただけのものだったり、どこかの扉を剥ぎ取ってここに渡しただけのものだったりした。きっとプカプカとゴミが流れるこのドブに、年に何度かは子どもが落ちたりしているのだろうと想像した。

 一般的なスラム街とは、限られた土地に手作りの家屋が密集しているものだ。しかしこの集落は様子が違った。貧困にあえぐ者が集まって暮らしているという意味では同様だろうが、スラムと呼ぶには相応しくないように見える。ロシアの広大な土地ゆえか、実に広々としているのだ。

 それにしても犬が多い。

 車が集落に差し掛かったところから犬が一斉に吠え始めた。各家の庭先には漏れなく犬が繋がれているし、道を彷徨く野犬風情もいる。番犬として飼っていた犬が逃げたのだろうか。

 一度遠くに人の姿が見えた気もしたが、犬の咆哮が始まってから人影は一切なくなった。集落の世帯数はおよそ50。ぐるりと一周するのに10分とかからなかった。もはや人影はどこにもない。

写真はイメージです ©iStock.com

「どうしますか?」

 集落の入り口に戻ったところでイリヤが聞いた。

「せっかく来たから誰かと話がしたいな」

 まだこの集落について僕は何も知らない。わからないから、ここの誰かに話を聞いてみたかった。