「どこか痒いところはあるか?」。試合後のZOZOマリンスタジアム大浴場。中村奨吾内野手は先輩選手の田中靖洋投手に髪を丁寧に洗ってもらっていた。中村奨はデーゲームで行われた4月21日の試合前練習中に顔を負傷。習志野市内の病院で顔面挫創と診断され、左目下を10針縫う怪我を負っていた。

中村奨吾と田中靖洋 ©梶原紀章

「髪ぐらいならオレが洗ってあげるよ!」

 中村奨はスタメンからは外れたものの病院から球場に戻ると不屈の闘志を見せ、ベンチ入り。空振り三振に終わったものの8回に代打で出場した。試合後、治療を終えロッカーに戻るともう人影はまばらだった。試合に出場し、汗もかいたので、頭だけは洗って帰宅しようと大浴場に向かった。傷口を避けながら頭を洗うのは想像をしていたよりも至難だった。

「頭の角度を変えてみたり、シャワーの出し方を変えてみたり、体を横にしてみたり。いろいろと自分なりに工夫をしてみたのですが思ったよりも難しかったです」

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 悪戦苦闘をしていると横で体を洗っていた田中靖が声をかけてきた。「大丈夫か? 髪ぐらいならオレが洗ってあげるよ!」。プロ野球において投手と野手は基本的に別々に練習をしている。ロッカーもポジション別に固まっていることが多く、おのずとコミュニケーションをとる機会は多くはない。そういう意味でも年の離れた投手の田中靖から声をかけてもらったことは嬉しかったが恐縮した。遠慮気味な態度をとっていると「気にするな。困っている時はお互い様だから」と自身のシャンプーを手に近づいてきた。後頭部から傷口に水が入らないように丁寧に洗い、シャンプーをつけてくれた。何度も何度も「痒いところがあれば遠慮なく言えよ」と気遣ってくれた。

当時の状況を実演する田中靖と中村奨 ©梶原紀章

「本当に困っていたので声を掛けていただき助けてもらって本当にうれしかったです。怪我をして辛い思いをしていた時だっただけに優しさが心に染みました。涙が出た? 涙かシャワーの水かは分かりませんが頬から何か流れ落ちていました。お礼の気持ちを込めて、ずっといつかメディアのインタビューかなにかで紹介をしてもらいたいと思っていましたけど、なかなか言い出すタイミングがなくて今回、ファンの皆様にお伝えします」