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“無観客”に負けない……3月20日、メットライフドーム球場外で”無選手観戦”してきた

文春野球コラム2020 開幕延期を考える

 2020年、日本プロ野球開幕の季節です。しかし、新型コロナウイルス感染拡大により、日本のスポーツは停滞しています。プロ野球の公式戦も4月10日に始まるとか、もっと遅くなるとか、その時期さえ決まっていない状態。おのれコロナめ。人間の楽しみを奪いおって。

 それでも選手たちは無観客の練習試合で懸命の野球を展開しています。関係者もYouTubeでの配信など野球の灯を絶やさぬようにしています。それは試合勘をキープするとか、CS放送で細かい放映権料を稼ぐとか実利の部分もあるとは思いますが、「意地」だと思うのです。野球をやるぞ。やりつづけるぞ。絶対に負けないぞという。

 僕もささやかながら抵抗の一派になりたいと思いました。ファン・観衆の立場としては家でテレビを見てSNSをやっていてもいいのですが、それでは口惜しい。本来なら3月20日プロ野球開幕の日は、我が埼玉西武ライオンズのホームで開幕戦を迎えているはずだったのです。チケットもありました。会社も休みです。最高の3連休のスタートを決め、球団配布のグッズをコレクションする予定だったのです。それが家でテレビを見ている立場に戻されるのは承服しかねる。

 そこで僕は「無選手観戦」(※選手は見られないけれど野球観戦はする、の意)に繰り出しました。

 選手が「無観客試合」をやっているように、ファン・観衆にも「意地」を見せる方法はあるのだぞ、と。絶対に負けないぞ、と。仕事は休みにならないのに楽しみだけ奪われるなんて絶対に認めないぞ、と。もちろん新型コロナウイルスが怖くないわけではありませんので、細心の注意を払い、無理のない範囲でやる覚悟です。

貸切状態のレオライナーに揺られて球場へ

 僕はユニフォームをまとい、メットライフドームを目指します。できる限り普段の野球観戦と変わらずに楽しむつもりです。早速ですが食料の買い出しを行ないます。本来なら球場内のグルメを楽しみたいところですが、売店は営業していないでしょう。出向いたのはケンタッキーフライドチキン。メットライフドームの売店で僕はよく和風チキンカツサンドセットを買って食べるので、その再現を狙ったのです。

 野球のユニフォームを着たアヤしい男が和風チキンカツサンドセットを買いに来た……ウチの近所のケンタのお姉さんはそう思ったでしょう。「阪神ファンによくいる、普段着が野球ユニフォームのやべーヤツ」くらいに。しかし、これは残念ながら普段着ではない。野球観戦着なのだ。試合を見られるわけではないけれど、野球観戦に行く日に野球ユニフォームを着ているのですから、断じて「やべーヤツ」ではありません。

 JR国分寺駅から西武多摩湖線へと乗り換え、西武遊園地駅で西武山口線に乗り換えます。おとぎ列車「レオライナー」です。いつもと同じコースでの移動ですが、今日は掛け値なしに閑散としています。もちろん野球のユニフォームを着たヤツなど誰もいません。遊園地もコロナで休業していますし、野球も練習試合をやっているだけ。「正直この沿線、今、無価値では……」と思ったりもしますが、むしろ空いていて結構です。本来なら何の用もない沿線にお金を落としたことで「電車賃支払いによる親会社への貢献」という誇らしさもわいてきます。

西武園ゆうえんちはコロナでお休み中。
レオライナーは貸切状態。
駅に咲く菜の花がキレイな、絶好の野球日和です。

 かれこれ20年以上レオライナーに乗ってきましたが、1車両を貸切状態で乗ったのはコレが初めてでした。用がなければ乗らない電車ですし、野球以外何の用もない行き先ですから当然です。普段はギュウギュウに野球仲間が集って「もっと大きい車両がいいなぁ」と思ったりもしましたが、野球以外の日は「1両編成でも多いくらいだなぁ」と思うからお客というのはワガママなものです。

 ボンヤリとレオライナーに揺られていたら、20年以上乗ってきて初めて気づく発見もありました。「あ、この車両のソファーの布、野球場と競輪場と遊園地の模様なんだ……」と。これがディズニーリゾートラインだったら、子どもが「パパ! ソファーの模様がラプンツェルとニモだよ!」とかはしゃぐ場面なのでしょうね。僕ははしゃぎはしませんが……。

初めてこのソファーじっくり見た。
野球場と競輪場と遊園地の模様。

無選手観戦でも「音」は新たな発見をもたらしてくれます

 球場に到着すればそこは無人駅のごとし。万一ファンの集団でもいたら、クラスター発生回避のために撤退するつもりでしたが心配は無用でした。誰もいません。まぁ「誰も」って言うとウソですが、10人くらいしかいません。多くは近隣に住む人でしょうか。駅前広場に置いてあるテーブルセットに集って、お弁当などを食べています。公園のベンチ扱いです。僕も普段どおり、そこで和風チキンカツサンドセットを食べます。これも野球観戦の一部です。

 野球ファンと思しき何人かは球場の写真を撮影したりしています。僕ももちろんそうします。ずっと前から貼ってあったのでしょうか、「3月20日、日本ハム戦」と日付が入ったフォトスポットが用意されています。本当ならここで写真撮影をするために並んだり待ったりしたのでしょうが、この日はガラ空きです。廃墟となった観光地のようです(※実際問題、ほぼそのとおりなんだけど)。しかし、ガラ空きですが、確かに記念撮影をしてやりました。この日を過ぎれば撤去するしかないボードを、まったくの無駄にはしてやらなかった。コロナに一矢報いた気持ちです。

ケンタの売店の前で、あらかじめ買ってきたケンタを食べる。
記念撮影スポットにはこの日の日付入り。

 球場と室内練習場からはかすかにカーン、カーンという音が響いてきます。無観客試合の魅力は「音」なんていう記事がたくさん出てきていますが、無選手観戦でも「音」は新たな発見をもたらしてくれます。バッターのカーンは聞こえるけれど、ピッチャーがボールを投げたズバーンの音はまるで聞こえない、とか。選手が放つ「当たったら死ぬぞオイ!」などのヤジが球場の外まで聞こえてくるなんてことはない、とか。そして、メットライフドームの近くにある山口観音のお寺さんで30分に1回くらい鐘を鳴らしているぞ、とか。

「ゴーン、ゴーン」と響く鐘の音。かれこれ20年以上ここに通っていますが、あの寺はこんなにしょっちゅう鐘を鳴らしていたのかと、無選手観戦をやって初めて気づきました。「うるせ……」まで本音が出かかりましたがグッとこらえます。コチラも年に70回くらい松崎しげるさんの歌を爆音無限リピートで流している立場です。鐘に文句は言えません。鐘としげるなら絶対にしげるが黒です。鐘もしげるもお互い様。

 試合開始の時刻が迫ると、ポツリポツリと人が集まり、さっきまで10人ほどだった群れが20人ほどに増えてきました。まだ大丈夫か。クラスターではないか。距離を取りながら球場前に集まると、ゲートが開いて用具の搬入・搬出が行なわれているではないですか。センターバックスクリーン下からではありますが、遠くのほうにライオンズナインの姿が確認できます。「コロナがなければ、この日ここで見るはずだった選手たちの姿」と書くハメにはならず、僕は確かに見ました。予定通り、この日、ここで。

ゲートが開き、ファンが集まる。