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こういう小さな「抵抗」の積み重ねが大事だと思うのです

 練習が終わりゲートが閉まればもう選手の姿は見えません。しかし、幸いなことにメットライフドームは掘り下げ式の隙間風ドーム。地面を掘って下に建物を伸ばしているので、位置取りによっては屋根の隙間からなかを覗くことも可能なのです。球場前広場で小高い丘のようになった場所に移動すれば、ホームベース後方のスコアボードが屋根の隙間から見えます。

 手元のスマホではネット中継を視聴し、ときどき目線を上げてスコアボードを覗く。そして、耳ではアナウンスの声や選手の登場曲、ときどき鐘の音を楽しむ。確かに中継と現場はズレズレなので混乱もしますし、スコアボードだけで展開を想像するのは難儀でしたが、これは十分に「野球観戦」です。

 入場していたってチョコチョコ売店をめぐり、モニターで試合の様子をうかがっている時間帯はありますよね。この日はそれが異様に長かった(※約4時間)だけで、「僕は野球観戦をした」と胸を張って言える一日でした。野球観戦以外の何物でもないお出掛けでした。

球場外スタンド自由席で観戦しました。
スコアボードで試合経過もバッチリ!

 総じて言うとくだらない話かもしれませんが、こういう小さな「抵抗」の積み重ねが大事だと思うのです。新型コロナウイルスは確かに怖い。けれど、リスクをゼロにするには全員で家に閉じこもっているしかありません。そして、そんなことはできません。生命に関わる仕事とインフラに関わる仕事以外はすべて「不要不急」とされかねない昨今ですが、そうやってリスクをゼロにして何の人生でしょう。

 生きていれば必ず死にます。全員死にます。全員死ぬと決まっているのにそれでもなお生きることを望むのは、何かを成すためでしょう。死のリスクを背負っても、何かをしたいから生まれて生きているのです、この「命」は。野球を仕事にしている人、野球が生き甲斐の人、そういう人にとって野球が「不要不急」だなんてことは断じてないのです。ほかの音楽コンサートや文化イベントだってそうです。彼らはそのために生まれて生きている「命」なのです。

 リスクが100なら当然避けますが、リスクがゼロでなければ何もできないなんてのも間違いです。1から99のどこかにあるリスクを取って、何かを成すために生きるのが「命」です。今回僕は、ロクすっぽ住民がいない本拠地と、日常的に利用する人が絶無の沿線、そしてほかの人が家に引きこもっているというタイミングを利して、コロナのリスクを徹底排除した状態で「野球観戦をする」というミッションを達成しました。

プロ野球が先頭を切らずにどうするのか

 同じことをやれと言っているわけでも、球場に集まれと煽っているわけでもありませんが(※真に受けて集まらないでくださいね、クラスターになるので)、ギリギリまで尽力すれば、思っている以上にできることはあると示したかったのです。3月20日、予定通りに僕は「開幕」しました。新型コロナウイルスにしてやられた部分も大きかったですが、楽しみを全部台無しにされはしませんでした。一矢報いました。

 やがてどこかで前に踏み出していくとき、プロ野球はその先頭を切って進むべきだと思います。完全ではないまでも、自分たちでコントロールできる会場と、十分に体力とマンパワーがある親会社、そして何より何百万人もの「野球で生きている人」をプロ野球は抱えています。何をしても反対され、何をしてもリスクをあげつらわれるとき、プロ野球はそれに抗するチカラを持つ数少ない存在なのです。

 ほかの小規模スポーツや音楽コンサート・文化イベントも、誰かがリスクを取って「こうやればここまでできるぜ」と言ってくれるのを待っているのです。日本で一番強固な基盤を持つ大規模イベントは何かと言ったらプロ野球でしょう。プロ野球が先頭を切らずにどうするのか。開幕の日程すら打ち出せず、ズルズルと引き下がってどうするのか。

 声を出すなというなら黙りましょう。旗を振るなというならじっと座っていましょう。クラシックコンサートのスタイルで観戦しましょう。必要ならば客席に隙間を空けて散らばりましょう。隙間を空けるぶん倍の値段を取りたいというのならそれもいいでしょう。何ならこの日のように「球場外スタンド席」で見る形でも構いません。一歩ずつ前に進み、できることを広げていく、その過程でワリを食うのは一興です。むしろ面白い体験です。

 楽しむことは工夫次第でできます。

 ただ、リスクを恐れて何もしなければ何も生まれません。

 人はゼロリスクでは生きられないのです。

 ゼロリスクを求める人の「自分にとって大切でないものを全部潰そうとする」声に惑わされては、この「命」は生きられません。

 新型コロナウイルスに打ち勝ち、プロ野球が本格的なスタートを切る日まで、僕は「こないだ野球観戦してきたよ」「コロナは回避できたと思う」「楽しかった!」と言いつづけるつもりです。そして、プロ野球が先頭を切って進み、ほかの小規模スポーツや音楽コンサート、文化イベントが動き出せるようなムード作りを支えていきたいと思います。ここに書き連ねましたように、それは紛うことなき真実なのですから。

埼玉西武ライオンズ、見事に「開幕」勝利です!

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