三菱商事、ソデックス、ローソン、サントリー……。私は社会人になってからこれまで、商社、外食、小売り、製造業と、さまざまな場所で仕事をしてきました。私がそこで何を考え、なぜ挑戦し続けることができたのか。現在までのキャリアの中から、本当に役立つエッセンスをこれからお話ししたいと思います。
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経営者は小心者であるべき
経営者をやったことがない人にとっては不思議なことかもしれませんが、私は経営者というのは小心者でなければならないと思っています。経営は大丈夫と思った途端に駄目になってしまうからです。だからこそ、いつも自分に疑問を持ちながら悩み続ける小心者であるべきなのです。
人生には何をやっても駄目なときが必ず来るんです。なぜそうなるのか、私にもわかりません。36歳から経営者という役割について、もう20年以上ですが、風が吹いているときと吹いていないときがあるんです。
何をやっても駄目だと思うときは、とにかく静かにしています。でも、経営者をしていれば、新しいことも打ち出さないといけないし、社員や外部の人と接して、いろんな人から意見を聞いたりしなければなりません。けれども、じっとしているのです。心の中では、もがいても、もがいてもアリ地獄状態に陥っています。そうしたときが人生には必ずやってくるのです。
社長は張子の虎
私の場合は、7年に1回くらいでしょうか。ローソンへ行ったときがまさにそうでした。精神的に過酷でした。今までの自分の人生は、どんなにラクだったかと思わされるほどでした。こんなにやらなければいけないのか。そう思いました。やりたくなくても、絶対に成し遂げなければならないことがある。もう本当に必死でした。その必死を何年も続けました。毎日の売上げに追われたし、振り返る暇もないし、文句を言っている暇もない。ローソンが業績を回復し、軌道に乗るまでにものすごく時間がかかりました。
社長というのは張子の虎です。役員や社員に対して自分に自信がないところを見せたら、同じ方向を向いてくれません。ですから、自信のない中でも、こうと決めたら、強い意思を持って、自信があるように見せないといけない。100%正しいことなんてない。でも、そういうふうに見せて自分を鼓舞しながらやらなければならないのです。
社長は逃げ場がない
20代から40代は悩むと経営書を読んでいました。でも、今は全然興味がありません。もう40代の後半くらいからまったく興味がなくなってきて、今、読んで考えるのは、哲学の本です。ときどきエーリッヒ・フロムなどを読むと、何となくわかるところがあるんです。
そんなことを考えながらも、実は今やっていることから逃げたいと思っているのかもしれません。とくにローソンのときは、もうこんなはずじゃなかったということがたくさんありました。自分がいまやっていることだって、どうやったらいいのかわからないことだらけでした。もともとやったことがないからわからないし、まったく知らない世界だったんです。だから、逃げ場はない。結局、社長というのは逃げ場がないんです。
ただ、自分で決めたことを自分で責任を持ってやるということは、快感になってきます。それは逃げられないからです。だからこそ、自分を追い込まないといけない。自分を追い込んで、自分で実現する。そのためには社員にその気になってもらって、やってもらわないといけません。自分だけでは絶対できないんです。だから、常に周りのモチベーションを考える。「俺は偉いんだから、うるさいこと言うな」では事は成らない。経営とは常に用心深くやっていかなければならないのです。
平常心なんてない
でも、私自身、平常心を持っているとは到底思えない。蚤の心臓だし、もうスピーチする前なんてガタガタです。集まってきている人たちに申し訳ないと思うくらいです。
「もっとまともなことを言わないといけない」「来て良かったと思ってもらわなければ、せっかく来ていただいたのに申し訳ない」。そんなことを寝ずにずっと考えています。ベッドで寝ていても、思いついたら、あそこを直そう、ここを変えようと考えて、書いています。
ただ、社長は外向きには、リーダーとして強くなければなりません。それは組織の代表だからです。社員たちを背負っているのですから、社長の勢いは、そのまま社員にとってのモチベーションにつながっていくのです。だから、強くなければならないのです。
聞き手:國貞 文隆(ジャーナリスト)
新浪 剛史 サントリーホールディングス株式会社代表取締役社長
1959年横浜市生まれ。81年三菱商事入社。91年ハーバード大学経営大学院修了(MBA取得)。95年ソデックスコーポレーション(現LEOC)代表取締役。2000年ローソンプロジェクト統括室長兼外食事業室長。02年ローソン代表取締役社長。14年よりサントリーホールディングス株式会社代表取締役社長。