『人類はなぜ〈神〉を生み出したのか?』(レザー・アスラン 著/白須英子 訳)文藝春秋

 なぜ人類は〈神〉という概念を生み出したのか? 著者は認知科学、考古学、歴史学などの最新知見を踏まえて、その難問に挑んだ。

 考察の出発点には、進化心理学が唱える「心の理論」が据えられている。それは人類が進化の過程で獲得した、人やモノ、出来事の背後にある意図や動機を推察する能力だ。

「人類は宗教的衝動を持つことで子孫を残すのに何かしらの優位性を得たはずだ、という前提に立って、学者たちは200年以上に亘って、宗教の起源を探ってきました。しかし、認知科学者、進化生物学者は、宗教的衝動は子孫を残すのに何らの優位性ももたらさないどころか、資源とエネルギーを浪費するので不利に働く、という結論に達しました。ゆえに多くの専門家は、宗教的衝動は人類が進化の過程で得た『心の理論』などの能力から偶然生まれた副産物であるとするのがベストの仮説だと考えています」

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「心の理論」がもたらす能力によって、人類は天変地異、巨木、巨石、森で出遭う動物など身の回りのありとあらゆるものの背後に意図や動機を感じ取り、それらを擬人化する。それらが自分たちの集団に恩恵や災厄をもたらすものだと認識され、共有されれば、崇拝や畏怖の対象となっていく。〈精霊〉が生まれ、やがては〈神〉が出現することになるだろう。

 本書は定住と農業と宗教の関係についても驚きの考察を展開する。

「長い間、定住は農業を始めたことの結果だと考えられてきました。人類は穀物を育てる必要があるから定住したと。しかし、その説はまったくの誤りであることがわかりました。その強力な証拠は、農業革命よりも数千年前から存在していた大規模な定住遺跡です。トルコ南東部で発掘されたギョベクリ・テペのような神殿遺跡は、人類が宗教的理由から定住を始めたことを示唆しています。定住の結果として、人類は農耕と牧畜を始めたと考えられるのです」

レザー・アスランさん

 定住革命以後、〈神〉の概念に革命をもたらしたのは、ユダヤ民族の離散である。その歴史的経験から〈一神教(モノセイズム)〉が生まれた。一神教の〈神〉は唯一の神であり、善と悪、愛と憎しみ、創造と破壊など擬人化された神が担っていた相反する概念をすべて引き受けるため大きな矛盾を抱えることになり、非人格化されていった。かくして〈一神教〉の世界は、偶像崇拝と偶像破壊、擬人化され親しみやすい〈神〉と非人格化され親しみにくい〈神〉の間で揺れ動くことになった。この葛藤を見事に調停したのが、キリスト教だと著者は語る。

「キリスト教が世界史において最も広がり、成功した宗教となりえた理由がここにあります。キリスト教は〈神とは何か〉という問いに最もシンプルで多くの人を納得させる方法で答えました。〈神とは完全な人間である〉と。それは心に響く答えであるだけでなく、元来、人類の脳に組み込まれている思考法なのです。私たちは無意識のうちに人間に引き寄せて神を考えるように仕向けられています。つまり、擬人化された神を唯一の〈神〉として心に思い描くように」

 今、世界では宗教を持たない人々が増える一方、宗教紛争も絶えない。人類と宗教の関係は今後どうなっていくのだろうか。

「確かに人類は宗教に関心を寄せなくなっています。しかし、それは宗教を通して自分が何者であるかを確かめなくなっただけで、〈スピリチュアリティ〉と言われるものへの関心は高まっています。人類はやはり〈宗教的動物(ホモ・レリギオスス)〉なのです」

Reza Aslan/1972年、テヘラン生まれ。カリフォルニア大学リバーサイド校創作学科終身在職教授。イラン革命時に米国に亡命。カリフォルニア大学で宗教社会学の博士号を取得。著書に『イエス・キリストは実在したのか?』など。

人類はなぜ〈神〉を生み出したのか?

Aslan,Reza ,アスラン,レザー ,英子, 白須

文藝春秋

2020年2月10日 発売