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あのリストバンドは今……“仰木監督人形”を胴上げしたオリックス日本一の夜

文春野球コラム2020 90年代のプロ野球を語ろう

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胴上げされた仰木監督人形は無残な姿に……

 さぁいよいよここからである。拍手喝采からの万歳三唱、そしてとうとう仰木監督人形の胴上げがはじまった。ハーバーランドに集まったファンの思いは一つ、自分も仰木監督を胴上げしたい。それしかないのだ。宙を舞う仰木監督人形に集まる猛者たち、なんとか近づきたいがなかなか難しい。それでも前へ、仰木監督人形に向かってグングン進む。奇跡的に手か足か、何か先端部分を触ることは出来た。ほどなくして元いた場所に戻っていく仰木監督人形。ついには椅子に腰をかけた。しかし、戻ってきたそれは無残にも手足の部分がとれ、帽子、サングラス、リストバンドも全てなくなっていたのだ。ざわつく会場、ふと誰かが声をだした。

「皆さんはこの人形みて、何も思わないのか? 神戸でこんな事して平気なのか?」

 イッキに静まりかえった会場。しばらくして舞台上の人形のとれた腕や帽子、サングラスを返しにいく人達があらわれる。リストバンド以外のパーツは戻った。なんとなく帰りにくい雰囲気でその後30分くらいたっただろうか……その場にいたファン同士で日本一に酔いしれた後、友達と帰宅した。帰りの電車は本西のファインプレーとリストバンドの話題で持ちきりだった。

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©文藝春秋

 帰宅は日付をまたいだ頃だったか。とりあえずシャワーを浴びてすぐに寝ようと、着ていたパーカーを脱ぎ捨てた。

 ん??

 何かが、後頭部を転がったような気がした。頭を抜く時にパーカーのフードが触れた? いや違う。明らかに単体で後頭部を転がった感触だった。恐る恐る洗濯カゴを覗きこんだ。

 えっ……。

 カゴに入っていたのは72番と刺繍された白いリストバンドーー。

 えっ、、ええっ!!!??

 なぜここに!!! なぜだぁ!!!!!

 あの胴上げで取れたリストバンドが、なんらかの形でフードの中に収まったのか? 持っていた誰かが僕のフードに入れたのか? 全くわからないが、確実な事はあのリストバンドが今家にあるという事だ……。

 次の日に球団にリストバンドの件を問い合せたのだが、それどころではない雰囲気で、「また確認して連絡します」と言われてかれこれ24年、球団からの連絡を待っている。その後、東北楽天ゴールデンイーグルスが誕生するきっかけとなった球界再編問題に伴い、ブルーウェーブは消滅、近鉄バファローズと合併し、オリックスバファローズとなった。

 2014年オフ、この話を当時の森脇監督に伝えると今シーズン日本シリーズに進出したら、ぜひ持って来て下さいと言っていただいたが、持っていけなかった。

 行き場のないリストバンドは、引き出しの中にまだ大切に保管してある。

 1996年のオリックスブルーウェーブは、被災地の希望であり、祈りであり、全てを受け止め答えてくれた親父のような存在だった。そう、リストバンドを見るたびに思い出させてくれるのである。

©かみじょうたけし

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