文春オンライン
零戦というモノを突き詰めたら、ヒトの問題にたどり着いた 弁護士・清水政彦が「戦争」を書く理由

零戦というモノを突き詰めたら、ヒトの問題にたどり着いた 弁護士・清水政彦が「戦争」を書く理由

note

パイロットは道具に合わせろ、という謎の風潮

――3点目の「艤装」が杜撰だったというのは意外です。零戦は当時の日本の工業技術を結集したような製品だったと思いますが。

清水 機体そのものの基本設計やエンジンは優秀なものでした。ただ、飛行性能と無関係な細かいデザイン、使い勝手はユーザー目線のものではなかった。たとえば普通、戦闘機にはコックピットの上部に、真後ろを見るためのミラーがついているんですけど、零戦にはない。当たり前の話ですけど、真後ろが見えないと、後ろから撃墜されるリスクが高まる。真後ろって、いくら首を回しても見えないものですよ。自転車でも見えない。まして空戦中の後方確認は至難の業でしょう。

――つけない理由はなさそうに思えますが……。

ADVERTISEMENT

清水 ええ、つけない理由はないんです。なのに「敵がミラーに映った時にはもう終わりなんだから、そんなものはつけても意味がない」みたいなことを言う人もいた。撃たれる直前に気づくのと、撃たれてから気づくのでは大違いなんですが……。実際には単に変化を嫌ったのではないかと。機体に文句を言うのはダサい、パイロットは道具に合わせろ、それが技術だ、みたいな風潮も影響していると思います。零戦は基本的に最後まで、不思議なくらい何も変えていないですね。

 

――統率できない将校に起因する問題や、パイロット人事制度の不備、合理的ではない精神論。確かに零戦が見せる「失敗の本質」は技術云々ではなく、人的なソフト面での事象が多いんですね。

清水 よく言われる「防弾軽視が原因で熟練パイロットを失い、零戦は凋落した」という論は、ハード面だけに着目した結果、焦点がズレてしまっています。実際には、防護装備で差が出るほど僅差の勝負はできていなくて、正直言ってボロ負けです。そこまでボロ負けした原因の最たるものは、熟練パイロットを死ぬまで前線に縛っておくような組織の在り方にあったと思っています。希少なプロである熟練パイロットはいち早く後方勤務に回し、その穴を多数の新人で埋める工夫をしていかなければ、総力戦で勝てる可能性などなかったはずです。私は「モノ」としての零戦に興味があったはずなんですが、突き詰めて行くと「ヒト」にたどり着いたのは不思議ですね。

リアリティとは、だれでも先が読めるような「大義」になびかない強さだと思います

――戦争を考える上で清水さんが影響を受けた本はありますか?

清水 中学生くらいの時に、山本七平を読んで衝撃を受けたことは覚えています。

――何を読まれたんですか?

清水 最初は『ある異常体験者の偏見』で、そのあと『一下級将校の見た帝国陸軍』を読んだんですが、戦中、自分がやっていた仕事はOLみたいなもので、ひたすら誰も読まないような資料を作っているだけだった、というような盛り上がらない話ばかり淡々と書かれていた。話を無理に面白くしようとしていない筆致が妙に印象的だったんです。その率直な書きように、圧倒されるようなリアリティを感じたんです。

いずれも文春文庫

――清水さんが考える歴史のリアリティとは何でしょうか。

清水 子供騙しというか、だれでも先が読めるような「大義」になびかない強さだと思います。NHKが以前、「優秀な技術者vs.無能で非人道的な海軍」という単純な図式に、まったく非科学的な「科学的根拠」を付け加えた零戦関連番組を放送したことがあり、私は反論を書いたことがあるんです。私がなぜ戦争を書いているのか、あえて理由めいたものを言うならば、そういった子供騙しの「大義」が気持ち悪いからです。零戦神話の解体も、まさに同じことです。

――淡々と戦史を掘り下げていく中にある骨のようなものを、お話から伺えた気がします。

清水 良い子の模範解答的なものに真実はありませんからね。次はニューギニア戦の陸軍飛行隊のことを1冊にまとめる予定ですが、これからも「予定調和に冷や水をぶっかける」姿勢は崩さずに行こうと思っています。

 

しみず・まさひこ/1979年生まれ。弁護士。東京大学経済学部卒。金融法務の傍ら、航空機と戦史の研究に励む。『零式艦上戦闘機』のほか、共著に『零戦と戦艦大和』がある。

写真=鈴木七絵/文藝春秋 

零戦というモノを突き詰めたら、ヒトの問題にたどり着いた 弁護士・清水政彦が「戦争」を書く理由

X(旧Twitter)をフォローして最新記事をいち早く読もう

文春オンラインをフォロー