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盆踊りの哲学――政治学者・栗原康インタビュー#1

盆踊りの「トランス状態」は、一遍上人の「踊り念仏」に似ている

錦糸町のギャルや不良のあんちゃんたちと踊る

©榎本麻美/文藝春秋

―― 「アナキストも恐れおののくような盆踊り大会があるぞ」と。

栗原 それで行ったらもうハマって(笑)。10年ちかく毎年行っています。僕、盆踊りってビール飲んだりとか出店で買い食いを楽しんで、ちょっと踊るくらいのイメージだったんですけど、錦糸町の河内音頭は、マジで踊り狂ってるみたいな状況で。汗ダラダラになって、頭がすっからかんになるまで踊るんですよ。

―― 近年は、首都高7号線の高架下で開催されているんですね。

栗原 一番奥に設営されたステージから、ライブの歌と演奏がロックフェスさながらに鳴り響きます。ひとがかなり密集していて、ピョンピョン飛んで回っていくような感じです。おじいちゃんもおばあちゃんも子供もいます。ただ、本当にスポーツみたいな感じなので、若者が多いかもしれない。「踊り狂うぞ!」っていう熱気がすごい。有象無象の中にパッと入っていって、踊る。

―― 仕事帰りのサラリーマンも踊るらしいですね。

栗原 平日に行われる年も多いので、サラリーマンも「ひと踊りするぞ」って入ってくる(笑)。スーツなのに、汗ダラダラなんです。あとは錦糸町のギャルや不良のあんちゃんたち。これがまたカッコよく踊るんですよね。普段、あんちゃんやギャルのお姉ちゃんとくっちゃべることってあんまりないじゃないですか。でも踊る時だったら、目くばせしながら、ああ、こうやって踊るのか、そうそう、こうすればいいんですよと無言のコミュニケーションをとっていたりする。職業とか年齢とか、そういうのを飛び越えちゃう何かがあるんでしょうね。

 もともと、河内音頭は関西で行われていたものですが、その評判をききつけて、いちどみにいったアナキストの朝倉喬司さんや平岡正明さんが「こりゃあ、すごいんじゃないか」と東京に「輸入」して、錦糸町では、80年代から続いています。朝倉さんや平岡さんも、なにか得体のしれない民衆のエネルギーみたいなものを感じたんでしょうね。

圧倒的にまちがえろ。ムダも無用もドンとこい

©榎本麻美/文藝春秋

―― 栗原さんは鎌倉時代中期に現れた僧侶・一遍の評伝『死してなお踊れ 一遍上人伝』でも踊りのラディカルさに注目されていますよね。「はげしく肩をゆすり、あたまをブンブンふって、手をひらひらと宙に舞わせている。そして、おもいきり地をけりとばし、全力でとびはねている」と描写されています。

栗原 もともとは空也上人がはじめた踊り念仏を一遍上人が広めたんですが、集団でワッと踊りはじめたのは一遍ですかね。僕は一遍がアナキズムの元祖かな、と思っています。

―― 踊りのアナキズム、ラディカルさとはどういうことなんでしょうか?

栗原 圧倒的にまちがえるってことです。まちがった身体のつかいかたに徹していく。ふだん僕ら、自分の身体を有用につかうことばかり考えさせられています。一人前の大人になるとか、カネをかせぐとか、出世するとか、他人によくみられたいとか。できなきゃ、おまえ無用だよということですが、それってどうなんだよと。できないやつが虐げられるし、ずっとオレ役にたつ人間なんだといいつづけるのって精神的にもきびしいですからね。一遍は、そういう身体感覚をぶっ壊そうとします。

 踊るってことは、ひとが子どもにもどることなんだ、獣にもどることなんだと。子どもみたいに、獣みたいに、足をバタバタさせて、ピョンピョン跳びはね、頭はガクガク、体をグニャグニャにゆりうごかす。成長とか有用性ってことからすると、逆をむいているというかムダなんですけど、でもそれがおもしろくてたまんないわけですよね。ムダも無用もドンとこい。なんにもとらわれずに、自由奔放に生きてやるぞと。その感覚を身体でつかみとる。