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55年前のヨット単独航海「太平洋横断ひとりぼっち」#2

55年前のヨット単独航海「太平洋横断ひとりぼっち」#2

逮捕も覚悟した命懸けの冒険譚

2017/08/14

source : 文藝春秋 1962年11月号

genre : エンタメ, スポーツ, 国際

助けを求めているのだとカンちがいされては困る

6月22日(金)=第43日

 天気は快晴。しかし、Eからの微風だ。セールはバタンバタン。

 朝食にコンビーフ。そのあと、ミルク(粉乳)とコーヒーを1杯ずつ飲み終えたとき、爆音が頭の上で響く。出てあおぐと、米軍の赤い飛行機が、ボートのすぐ上をまわっている。グングン低空飛行に移って、ま横20~30メートルのところを、2度通りすぎた。やがて、北にいってしまう。

 間もなく、完全な凪になる。ハダカになって船底をみがく。なかなか、骨の折れること。それに寒い。気休め程度でやめた。ボットムの抵抗が非常に大きいとおもわれる。

 日没と同時に、西の空高く、宵の明星がクッキリと見える。天空中でいちばん明るい星、金星だ。

 次第に星は満天となる。おそく、東から月ものぼった。実に美しい夜空だ。出発して以来、こんなに昼夜とも晴れた日は、はじめてである。が、こんなベタ凪も初対面だ。〉

 米機はすごい低空飛行をやる。U. S. AIRFORCESの文字が鼻の先で拡大される。乗っているオッサンの顔も見分けられた。

 難破船とおもわれては、かなわない。元気なところを見せなくては……。はじめ、手を振ろうかと考えた。が、やめる。助けを求めているのだとカンちがいされては困る。ここまできて、“救助”されちまっては、元も子もない。

 そうだ。キャビンにかけこんで、カメラを持ってくる。ヤツにむけて、パチパチとる。まわってくるたびに、連続シャッターを切る。これなら、ゆとりのあるところが、わかってもらえるだろう。われながら、名演出だ。ペンペン。はたして、飛行機はいってしまう。

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7月8日(日)=第59日

 日没後、順風となる。

 日本時間7月9日18時、なんだかピカッとした。ハッチをあけて、空を見る。べつに変わったことはなさそうだ。が、10分ぐらいすると、雲がぶきみな赤味を帯びて、西の空をおおう。約10分で消えた。なにか実験でもやったのか。夕焼けにしては、日没後3時間もたっている。〉

 帰ってきてから調べたのだが、これがジョンストン島の超高空核実験だった。新聞でアメリカ側の発表を読むと「ホノルル時間、8日午後1時(日本時間、9日午後6時)」となっていた。ピタリだ。

 キャビンに寝転がって、ラジオを聞いていた。このところ、実によく入る。なにか、チカッとした。稲光りかとおもった。しかし、雷がつづかない。錯覚だったんだなと納得する。まばたきしたときに、よくそんな感じがある。あれなんだな。

 が、あとから西の空ににじんだ赤は、とてもぶきみな色だった。

 

7月13日(金)=第64日

 13日の金曜日や。だが、風はSEに変わり、アリガタヤ、アリガタヤ。

 天気のいいこと。空は一面に晴れわたっている。雲が一つ、二つ浮かぶだけ。

 好天はいいが、暑すぎていかん。頭が少し痛い。なにをしても、おもしろくない。カンカン虫(日射病)にやられたのか。晩飯をたいたら、コッチン(シン飯)にしてしまう。頭にきたようだ。〉

夜空は100点の快晴

7月14日(土)=第65日

 風は変わらず吹いてくれるが、かなり弱い。もう少し力強いといいのだが……。それに、船底の関係か、すべりが悪い。〉

 この日、ほんとは最高にゴキゲンだった。

 船はズーッ、ズーッ、ズーッと、たくましく前進する。いままでの走りかたとは、ゆき足がちがう。波に乗って、グングンすべる。加速度が感じられる。前へ乗りだすたびに、ボットムがススッと水を切り開く。

 スライディング・ハッチをあけて、ばくはバースであおむけに転がっている。夜空は100点の快晴。満天の星だ。まん丸に近い月もあがった。

 星の色が涼しい。北極星、北斗七星、アンドロメダ、カシオペア……Nの空は星でいっぱいである。なんだか、どの星もぼくを中心にしてまわっているみたいに見える。

 ボートはズウィッ、ズイーッ。熱いリプトンがある。もったいないから、チョビリ、チョビリとのどに流しこむ。船底を海水がスーッ、スーッ、威勢よくうしろにすべっていく。

 しあわせだ。やりたいことをやって、しかも、それが順調に目的へとアプローチ(接近)している。ロマンチックだなア。グッとくる。きてよかった。