(#1から続く)
いつも自分と話をしている
〈5月29日(火)=第18日
午前4時、風が少し落ちた。シー・アンカーをあげる。しかし、その重さいうたら、しんどいかぎりだ。「これをあげ終ったら、グリコ・コーラを1本飲ませたるさかいにな」と、自分にいいきかせる。
セーリングにうつった。だが、すぐに天候はぶりかえす。嵐のつづきだ。
27日からの疲労がたまって、からだを動かすのがきつい。〉
ひとりぽっち。でも、いつも自分と話をしている。一人のぼくはグータラで、甲斐性なしだ。もう一人は人使いが荒いけれど、シッカリしている。
「仕事しイや」
「しんどいねん。ちょっと休ませて」
「あかん、あかん。仕事が先や」
「インゴーやなア」
「なんでもええ。はよ、し。すんだら、飯食わしたるさかい」
「さよか。んな、やるわ」
「どや? おいしいやろ?」
「こんなもん、うまいことないがな」
「そないなことあるかいな。うまいでエ。うまい、うまい」
「そうでもないで」
「うまい、うまい。うまいやないか? どうや、うまいやろ」
「フン、そないいわれると、うまいみたい気イするわ」
「そやろ。こんなおいしいもん、よそでは食えへんで」
「うまい、うまい」
こんなぐあいである。
〈6月5日(火)=第25日
午前2時、コンパス・カードを見る。おどろくなかれ。進路がNになっている。風が落ちたため、ベアリング・アウェイ(風下をむいての方向転換)したらしい。
朝食にポーク・ビーンズのカンをあけた。レッテルの絵とはかなりちがって、ビーンズ(豆)が大部分だ。しかし、ほんのちょっぴりしかないポーク(豚肉)の実にうまいこと。これはほんもののポークである。それに、ビーンズだって悪かない。田中君、サンキュー!
風がでてきた。快走。まったくラクチンだ。この風が切れずに、吹いてくれますよう。
お母ちゃん。〉
カンづめのレッテルには、いつもだまされる。しかし、怒ってはいけない。うまい、うまい。カンづめ料理は、ナベを汚さずにすむからいい。食器洗いはイヤだ。それに、スターンから手をのばしてやるので、危い。
まず、コンロの火に、直接カンをのせる。下のほうが温まったら、さかさまにひっくりかえす。そのままでおくと、沸騰して爆発するから、適当なところで、フタに2つ穴をあける。煮えたらパッととって、カンを切る。実に便利だ。
鉄仮面をかぶったギャングみたいだ
〈6月7日(木)=第27日
6月3日にタッキングして以来、快調に走っている。いままでの遅れを、一気にとりかえせた。
朝食をとっていたら、船底から変な音が聞こえてくる。見ると、フカがなん十匹も船のまわりを泳いでいる。ボートについてくる小魚を食べにきたようすだ。ぶきみなこと。コツンコツンとあたる。力いっぱいぶつかられたら、9ミリしかない底板はバリンだろう。〉
2メートルから3メートルぐらいのヤツだ。魚というよりは、物体の感じがする。顔がよく見える。実に無表情である。たいていの魚は、ソフトな顔つきをしている。こいつばかりはポーカー・フェース? 目を半眼にして、ジロッと見る。鉄仮面をかぶったギャングみたいだ。ちっともかわいくない。
船に当たったら、むこうはなんでもなくて、こっちがバリン。そんな気がする。ボートのすぐ横、1メートルぐらいのところを泳いでいる。スーッと進まないで、ピョンピョンとダイビングしながら泳ぐ。ちょいちょい海面から飛びあがる。こわかった。
〈6月21日(木)=第42日
ゆうべのうちに、日付変更線を越えて、西経に入っている。そこで、日付をもう一日のばす。きのうにつづき、6月21日(木)を2度やらせていただく。これでやっと、7分の3きたことになる。〉
やっと、きた。これでスタート・ラインだ。太平洋横断はこれからはじまる。気をひきしめる。つねにひかえ目に、いつも過小に見つもって……。ワン・ポイント落とす。これがヘコタレないための安全弁である。
あたらしい心配がはじまる。デイト・ラインを越えると、凪があると聞く。5日から1週間もつづくとか。かならず、くるはずだ。そうだ。スタート・ラインは先に送る。凪を突破してからのことにしよう。