2月18日、近代日本文学を代表する作家・古井由吉が肝細胞癌のため亡くなった。享年82。

 古井氏は、1971年、『杳子(ようこ)』で第64回芥川賞を受賞。社会的なイデオロギーから距離を置き、人間の内面を見つめた「内向の世代」の代表的な作家として確固たる地位を築いた。86年より芥川賞の選考委員に就任(第94~132回)。選考委員として、平野啓一郎、中村文則ら新たな才能を高く評価した。

「内向の世代」を代表する作家・古井由吉さん

 今年から芥川賞の選考委員に加わる小説家の平野啓一郎は、自著『マチネの終わりに』で、古井氏が『詩への小路』(2005年)で紹介したリルケの「ドゥイノの悲歌」をモチーフにするなど、大きく影響を受けてきた。また、平野氏は同世代の作家や翻訳者、文学研究者とともに結成した「飯田橋文学会」の「現代作家アーカイヴ」という企画で、古井氏へのロングインタビューを行っている。平野氏に、古井氏との思い出を語ってもらった(全文は「文藝春秋」5月号、「文藝春秋 電子版」に掲載中)。

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「死後、どの作品を読んでほしいですか?」

 僕は、古井さんの作品から多くの影響を受けましたが、それと同じくらい古井さん本人の強烈な存在感に圧倒されてきました。それを自分たちしか知らないというのはもったいない。そうして生まれたのが「現代作家アーカイヴ」です。作家に自身の作品を3冊選んでもらい、それをもとに創作活動を振り返っていただく、90分間のロングインタビューの企画です。

平野啓一郎さん

 古井さんがどの3冊を選ぶか。インタビュアーの阿部公彦さん(東京大学文学部教授)に尋ねられた時、僕は「『山躁賦(さんそうふ)』は入ると思いますよ」、と伝えました。というのも、一度、こんなことがあったからです。

「自分の死後、若い人が何か1冊本を読もうという時に、自分のどの作品を読んでほしいですか」

 ある時期、僕は色々な作家にこの質問をしていました。古井さんにも伺ったところ、古井さんは言下に「『山躁賦』だな」とだけ言いました。